書棚を整理していたら(売る本を選んでいたら)、矢作俊彦「さまよう薔薇のように」が見つかった。「マイク・ハマ―へ伝言」で気に入り、「スズキさんの休息と遍歴」で驚嘆し、「あ・じゃ・ぱん!」でハマった矢作俊彦。たぶん、江口寿史のイラストにもつられて買った文庫本が目の前に現れた。しばし手を止めて本を読んだら、処分は中断。こんなに「橫浜」な連作短編集だったのか。
収録されているのは、「船長のお気に入り」「さまよう薔薇のように」「キラーに口紅」の三編。かつて検察事務官をしていて、駐車違反を避けるために車を移動するのを生業としている「私」が事件に巻き込まれていく――。話は話で面白いのだが、身近な地名がやたらと出てくるのが、橫浜に住む人間としては嬉しい。加賀町警察署、本牧、馬車道、本町通り……。
この本の親本が光文社が刊行されたのが1984年だそうだ。いまや馬車道にかつてほどの華やかさは感じないし、本牧の格好良かった(若造には近づきがたかったけど)店の多くはマンションに変わってしまった。そして自分自身も夜の街に繰り出す回数は、80~90年代と比較すると(バブル期だったが)、9割9分減。現在よりは多かった自由になるカネと若さに任せて、よく飲んだものだ。
エレヴェ―タから化粧の濃い娘が顔をのぞかせた。山口小夜子を気取っているのはすぐ判ったが、寒ブリがサヨリを気取ろうというようなものだった。(「キラーに口紅」)
こんな文章に反応できるのは、40代後半以上ではないか。口元が緩んでしまう、ハードボイルドなフレーズがあちらこちらに散りばめられている。
そんなノスタルジーに浸りながら、またこの本を書棚に戻してしまった。また矢作俊彦が読みたくなってきたなあ。