晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「盤上のアルファ」

 塩田武士という作家の存在を電車内の広告で知った。のちに本屋大賞で3位に選ばれた「罪の声」の広告で、この本は「グリコ森永事件」をモデルにしているとのこと、おおいに興味が湧いたが、昨今の金銭事情では初めての作家を単行本を買う気持ちになれない。とりあえず文庫で過去の作品を読んでみることにした。

 文庫は、新聞社の労働組合活動を描いた「ともにがんばりましょう」のちょうど刊行されたタイミングだったが、ここは個人の趣味でもある将棋ものでいこうと「盤上のアルファ」を購入した。著者のデビュー作であり、小説現代長篇新人賞受賞作である。作家として上々な滑り出しだったようだ。

 「IN★POCKET」3月号にインタビューが掲載されているので、これを少し著者の紹介として引っ張ってくると、そもそも作家志望だったが、筆力の向上やネタ収集のために神戸新聞社に入社した。新聞社の人がムッとしかねない、かなり不純な動機である。神戸新聞時代にデビューし、約10年の在籍で退社。「盤上のアルファ」と次の「女神のタクト」は文化部時代の仕事が、「ともにがんばりましょう」は組合執行部時代の経験が役に立っているという。その後の作品のラインナップを見ると、多様で抽斗の多い作家という印象が強い。傍目に見ると、思い通りに人生が進んでいる風である。かつ、顔もスキッとしていて、チュートリアルの福田を賢くしたような雰囲気だ。こういう奴は気に入らない(笑)。

盤上のアルファ (講談社文庫)

盤上のアルファ (講談社文庫)

 さて、この「盤上のアルファ」。神戸新報の県警担当記者・秋葉隼介が文化部に左遷され、将棋担当に回されるところから始まる。スクープを狙う秋葉の描かれ方がベタと言えばベタ。持ち回りの将棋タイトル戦のあたりは、記者としての経験が生かされているように感じる。

 第2章に登場するのが、のちにプロ棋士への編入試験を目指すことになる真田信繁。第3章に秋葉と真田が出会い、カネのない真田は秋葉の家に転がり込む。かつて、真田に将棋を指導した真剣師との再会、そして編入試験――。

 デビュー作ということもあり、力が入りすぎたのか、ドキッとするレトリックがある反面、「外したな」という表現もいくつかある(もちろん個人の感想)。約300ページあるうち、出会いまでで200ページを費やしているのも、ちょっと残念な気がしているが、編入試験の勝負の部分が長くなってもとっつきにくい人もいるはずなので、ここらは納得する部分もある。

 作品としては、ちょっとケチをつけたくなるくらいがのめり込んだ証拠と言えるかも知れない。続編「盤上に散る」が文庫化されたら間違いなく購入すると思うし、「ともにがんばりましょう」は購入済みだし。まだ40歳前、幅広いテーマで作品を発表してくれるはず。