晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニングと気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「ジェームス・ジョイスを読んだ猫」

 年齢的にはまだ早いのだが、読書に関しては「終活」モードに突入することにした。余命30年ほどあるとしても、このままでは年に100冊ほどのペースでは積読を読み切れない。新刊を読むことだってあるだろうし、再読することもあるだろう。しかし、意識的に棚(もしくは床の上)の本を減らしていかないと。以前、矢作俊彦の本を読んで処分しようとしたら、面白くて棚に戻してしまった。今回はもう少し強い意志で取り組もうと思っている。で読んだのが、高橋源一郎「ジェームス・ジョイスを読んだ猫」。アマゾンの商品紹介にも、書影が出てこない。アマゾンのサイトだと中古品の書影が出てくるが、現物の写真を掲載する。

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 親本は1987年刊行。1990年に文庫化。このころは、高橋源一郎の本はほぼ読んでいた。距離を置き始めたのは「ゴーストバスターズ」以降か。小説も楽しませてもらったが、書評集みたいなものも読書の指針とさせてもらっていた。この本も、本の紹介を含んだエッセイ集。

 ジャイアンツの帽子を被ってバットを振る中上健次柄谷行人、すごく若い谷川俊太郎の写真が載っている。冒頭の「旅日記(のようなもの)」。こういう文体が、ポップだとか、ポストモダンだとか言われていたんだよなと昔を思い出す。あまり意味はわかっていなかったが。

 今となって気になるのは、a.m. 10:00とか、p.m. 9:30とか、a.m.とp.m.が午前、午後感覚で時間の前につけられていること。高橋源一郎は英語の小説や詩の訳書があったり、英米小説を読み込んでいる印象があったが、これはどういうわけか間違っている。英語習いたての時に中学の英語教師に言われたのは、「『11PM』は見ちゃいかんが、p.m.が数字の後ろについているのは正しいので、迷ったら『11PM』を思い出せ」。確かに昔は数字の前につくのが、今よりは目についた気がしている。

 それはどうでもいいとして、「ロンドンの日本作家カズオ・イシグロのこと」という一編もあった。記憶が曖昧なのだが、いまハヤカワで出ている「遠い山なみの光」は、昔は筑摩書房から「女たちの遠い夏」で刊行されていたと思う。自分もそのタイトルで読んだ。高橋源一郎は「Granta」という文芸雑誌で、彼の存在を知ったという。英国の若手作家特集で取り上げられた20人のうち、知っているのはイアン・マキューアン(当時の高橋が書いた表記は、イアン・マッキュアーン)だけだった。

 カズオ・イシグロに戻るが、高橋源一郎が読んだのは、イシグロの短編「戦争の終わった夏」。その後、日本の雑誌(「エスクァイア日本版」)で「戦争のすんだ夏」で発表されていて、たまたま読んだ記憶がある。イシグロの初期二作と同様に日本を扱った作品で、たぶんだが、「浮世の画家」か「遠い山なみの光」のもととなっていたのではないか。この雑誌も初期二作も処分しているので、確証は持てないが。ふと読み返した本に、カズオ・イシグロが登場していて懐かしかったが、この本(「ジェームス・ジョイスを読んだ猫」)は手放すつもり。バブル期の記憶をありがとう。