晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「涙香迷宮」

 講談社文庫で竹本健治の作品が続けて刊行されている。過去に「将棋殺人事件」や「囲碁殺人事件」を読んでいるが、「ミステリとして楽しみながらも、将棋と囲碁についての知識も深められるという、一粒で二度おいしい」本だった。

 この「涙香迷宮」もそうだ。ジャーナリスト、翻訳家などさまざまな顔を持つ黒岩涙香が作ったとされる「いろは歌」を鍵に事件を解くこの作品は、帯によると「暗号ミステリの到達点」だそうで、現に2017年度の「このミス」国内編1位や「本格ミステリ大賞」も受賞している。

涙香迷宮 (講談社文庫)

涙香迷宮 (講談社文庫)

 

  五目並べをルール化したといわれる「連珠」。競技かるたルールの全国統一など、紹介される涙香像はまさにマルチな人。ここに、「ん」を含めた日本語の文字48字を一度だけ使って、詩句に仕上げたという「いろは歌」が絡んでくる。たぶん竹本氏自身が作ったであろう「いろは歌」48首は驚愕もの。個人的には、完全に「いろは歌」に気を取られて、事件の筋を忘れてしますほど「持っていかれて」しまった。実は「将棋」「囲碁」も、程度は「涙香」ほどではないが、それぞれの歴史や蘊蓄などに気持ちがそれて、作品そのものを見失ってしまった。これは読む側の問題かもしれないが。

 「将棋」「囲碁」に関しては掘り下げすぎという気がしているが、このいろは歌の書き分けはあまりに見事すぎて、こちら側に集中してしまうのも無理がないように思える。

 天才囲碁棋士・牧場智久の成長した姿に出会えたのも嬉しい。まだ「囲碁」の頃は中学生という設定ではなかったか(記憶があいまい)。当時はとちりもあったように記憶しているが、この「涙香」では落ち着いた推理を見せてくれる。

 作中には「ウミガメのスープ」のゲームも登場し、後半の刺激も忘れない。正直、ミステリとしては気持ちが離れてしまって高評価を与える気にならないが、作品の面白さという意味では、白眉と思っている。日本語ものとしては、文字がどんどん消えていく、筒井康隆残像に口紅を」並みの衝撃を受けたが、言葉遊びの衝撃度はこちらのほうが上かなという印象だ。