晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニングと気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「ネグレクト」

 一言で、後味の悪い…いやいや、いわば口にしている最中から嫌な気分にさせられる本だった。大鹿靖明「ジャーナリズムの現場」から、杉山春氏の項を読んで購入した「ネグレクト」。3歳の女の子がろくろく食事も与えられず、段ボールの中でミイラのような状態で亡くなった事件。自分との距離感からくるのかもしれないが、いわゆる強盗や誘拐などの事件と違って、自分も同じようにしてきた育児から生じた事件だけになんともやるせない気持ちになった。

 高校生の時点で「親」になること自体、晩婚の自分には想像できないことだが、家庭環境や育児中に犯人となった親が考えたことは少なからず共通項があったように思っている。被害者の祖父母の代からの背景から、自治体の対応まで、丹念な取材で書き込んでいる。いわば時代を象徴する(事件が起きたのは2000年)ような一冊だ。

 事の動きは派手ではない。高校生で結婚した二人がいかに真奈ちゃんから気持ちが離れていくかが、悲しいかな、わかってくる。ある不注意から生じた事故で、真奈ちゃんに成長の遅れが疑われるようになる。わかった気になったふりしていえば、そこを含めて育てあげる器量があきらかに不足していた。

ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)

ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)

 

  10代で親になった二人には両親に愛された経験が少なかったのかも知れない。自らの人生経験の少なさがそこに拍車とかけたか。それでも、読みながら「なぜ、そちらの方向に行ってしまうのか」「そこは違うだろう」とオヤジの説教みたいな独り言を吐きながら(声には出さないが)、読んでしまった。

 個人的に自治体の対応が後手に回ったのはしょうがないような気がしている。まだ「ネグレクト」が現在ほど表面化していない時代だっただけに、どう動いて良いのかわからなかったのでは。対応する側も今ひとつ危機感を持てなかったように思える。

 社宅に住み、裕福でない中にもある程度生活が成り立ちうる環境だった。ただ、家に子どもと残された妻がストレス発散のためか通販などにはまってしまい、厳しい状態に追い込まれてしまうのだが。社宅での本社勤務と関連会社勤務の人間の溝もあろうが、そこはそんなに大きくなかったのではないか。若い夫婦への「気づき」という意味では多少なりにしてもあったかもしれないが。

 とはいえ、自分の子を殺してしまった若い夫婦の家庭環境がそこまで悪かったのか、といわれると、まあ良くないにしても、そこまでひどいとも思えない(このへんは個人差があると思うが)。でも、自分の周りにはいまはいないかもしれないな。昔は結構いたような気がするが。

 この両家に、もしくは周辺に、軸というか柱になるようなバイプレイヤーがいたら、こんな悲劇は避けられたかも知れないなと思いつつ、安易に社会のせいにしても(大事な要素であるのは認めつつ)、事は避けられなかったと思う。なんか、ごちゃごちゃした思いが整理されないまま残ってしまった。ただ、親として気は引き締まった。それだけは確か。