晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニング(最近ちょっと無理している)と気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「四十八歳の抵抗」

 20代の頃、石川達三にはまった時期があった。当時すでに作家としてのピークではなかったようだったが新潮文庫の棚には青の背表紙がたくさん並んでいたように記憶する。社会派っぽい作風が好きで、芥川賞を受賞した「蒼氓」「青春の蹉跌」「金環蝕」「生きている兵隊」などを読んだ。言論弾圧がテーマだった「風にそよぐ葦」に至っては、当時は品切れ状態で古本屋で探し出して手に入れた。

四十八歳の抵抗 (新潮文庫)

四十八歳の抵抗 (新潮文庫)

 

  購入しておきながら、なぜか読み残していたのが「四十八歳の抵抗」。新刊で文庫を買ったはずだが、30年ほど経っているからか、全体的に焼けていて、活字は随分薄くなっている。表紙も上のようにストレートに中年男性の精神の葛藤をイメージさせるようなものではない。#Me tooのご時世に、こんな本を読むのも「意識が低そう」だが、これは映画化された1950年や60年頃を象徴する小説でもある。この「ド昭和」的な感覚は自分の中にも残っている。

 まだ定年が55歳とされていた時代だ。先が見えてきた保険会社の次長・西村耕太郎は平凡だったこれまでの人生を嘆き、「非日常」を夢見ている。ふとしたきっかけで購入したゲーテファウスト」。すると後輩社員がメフィストフェレスのように現れ、「アバンチュール」に誘い出そうとする。表面上は断りながらも、西村は徐々に足を踏み入れていく。

 ヌード撮影会に誘われ、そこでモデルをしていた若い娘に夢中になる。その一方、20代前半の娘は、まだ経済力がない年下の大学生と交際、結婚したいと話す。娘に対しては一般論で跳ね返しつつ、自分は心の中で若い娘を囲おうと世間体やら金銭やらの心配をする。とうとう若い娘を熱海旅行に誘い出すまでに「信頼」を得たが――。

  この小説が出た当時は初老の男のおとぎ話という捉え方ができたかもしれないが、もはやそんな時代ではない。むしろ、犯罪ものにしたてあげたほうが受け入れられるのかもしれない。立場ある人たちにお妾さんがいた昭和の雰囲気は味わいつつも、面白かったとは大声で言えない作品だった。「四十八歳」は過ぎていても、日々のことで精いっぱい。自分の人生は平凡だったと振り返る余裕がないからかもしれない(でも平凡であることは間違いない)。たとえ余裕が生じたとしても、主人公のような「欲」にベクトルが向かわないだろう。時代のおかげで選択肢も豊富で、海外旅行先で走ってみるとか、日本海側で旨いものをたべるとか、そちらの方に関心がいくはずだ。ただ、まだ女性を意識できるエネルギーはちょっとうらやましい。