晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「野良猫を尊敬した日」

 歌人穂村弘が2017年に出したエッセイ集。北海道新聞に掲載された文が主になっている。エッセイや対談、書評など本の刊行数が多い人なので、ファンを自称しながらも、購入はもちろん読むのもそれなりに時間がいる。当然ながら、ほかにも好きな作家がいて、ミステリーなどを読みたくなることもあるので、後回しになることもある。ただ穂村氏の本に関しては、手を付けたらそのまま読み通せるのは確実なので、後の楽しみにしているパターンも多い。ショートケーキのイチゴやラーメンのチャーシュー的な立ち位置である。

野良猫を尊敬した日

野良猫を尊敬した日

 

  さて「野良猫を尊敬した日」。毎度ながら自信のなさが前面に出ていて、共感できる部分もあれば、社会性が欠落していると断じてしまいたくなる部分もある。しかしながら、カフカ的とも言おうか、ネガティブの部分に正当性や何やら〝力〟を感じる部分もあり、人の背中を押す効果がある。ちょっと毒性があるものが、体内で化学反応を起こし、アミノ酸みたいに何かプラスなものに変わっていく感じである。

 ただ言っておくが、自分より不幸な人間を見下したり、それを見て安心したりして、プラスなものにするのではなく、自分にも含まれる負の部分(必ずしもそうではないが、便宜上)を抽出して毒性を中和したり、プラスにしたりするのである。しょうもないと思いつつ、その微妙な気持ちを活字にできる穂村氏へのリスペクトのようなものも生じている。

 例えば「ひとんち」という題のエッセイ。小さいころ友達の家に呼ばれて、なんか変な匂いを感じたことやそこで出される食事が苦手だったことが書かれている。大人になってからセンサーが鈍ってきたのか、あまり感じなくなったが、確かにそのような記憶がある。あれは何だったのだろうと今となって思う。ほかにも、写真で目を大きく見開いたり、限定品についつい手を出てしまったりするなど、ちょっとした気持ちの共通項から話に引きずり込まれる。これに中毒性があるから困りものである。