名人・佐藤天彦の将棋の本というよりも、一種の啓蒙書。ここのところ、藤井聡太七段の登場でやや影が薄くなった感があるが、史上4番目の若さで名人になり、(将棋界では珍しく?)ファッションなどでも話題になった現在30歳の棋士。あだなは「貴族」。名人位の防衛もしっかりできている。
この本は羽生善治氏を破って名人になった、2年前くらいに依頼されたものと思われる。帯には「新世代の発想法」と書いてあるが、メンタルのコントロールなどは50代の自分にも参考になる部分もあるし、違和感もない。実は、読みかけだったのを見つけて、最初から読み直してみた。買った日に電車内で読んだまま結構、読まされた。
ついつい藤井七段と比較してしまうが、佐藤名人は中学生のころ、棋界では名は知られていただろうが、一般の人にまで知られるほどのスーパーな早熟ではなかった。つまり中学生でプロになれなかった。現在のところ、中学生でプロになったのは、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明に、年齢の記録まで更新してしまった藤井聡太の5人。佐藤名人にも中学生棋士に名を連ねるチャンスがないわけではなかったが、勝ちきれず、プロ入りは2006年。
思ったようにことが進まなかったのが、むしろ現在の境地に至る一助になったのか。物事を上手にポジティブに持っていく考え方をしているように思える。メンタルコントロールが上手というべきか。例えば、「悔しい結果でも、現実に起こることには妥当性がある」「方針の転換は妥協ではない」などということは、低迷期がなかった人間にはなかなか言えないことではないかとも思う。そして本人も書いているが、一日でここまで心を揺り動かされる職業も珍しい。「自然体でいれば、批判も受け入れられる」なんて、20代の人間が書くことかと思ってしまう。
もうちょっと将棋に詳しくて、棋風などがわかっていると、このような考え方と行動の兼ね合いみたいなのがわかって、より楽しく読めたのではないかと思う。将棋に詳しい人に、腑に落ちるところがあるかどうか聞きたいところだ。将棋ももうちょっと勉強しないと余生を楽しめないかな。
AIとの勝負にも違和感を持っていないところが若いというか、デジタルネイティブという気がする。必要以上に、棋士が勝たなければいけないという力みもなさそうだ。映画にもなった「泣き虫しょったんの奇跡」の瀬川晶司五段(現在)のプロ編入試験第1局で、彼に立ちはだかったのは佐藤名人だった。