晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニング(最近ちょっと無理している)と気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「神戸・続神戸」

 よく知っているわけじゃないが、俳人とばかり思っていた西東三鬼。書店で新潮文庫の新刊を見ると「神戸・続神戸」の表紙でその名を見た。散文も書くのか、この人。帯には「森見登美彦氏 賛嘆!」と書いてある。絶賛でも驚嘆でもなく、賛嘆なのか。変換の選択肢として出てくるところを見ると、こんな言葉もあるのだな。表紙を見ると、別世界に連れてってくれそうで、最近の文庫の価格としては手頃なので購入した。

神戸・続神戸 (新潮文庫)

神戸・続神戸 (新潮文庫)

 

  自伝的な作品。戦時中、筆者は東京から神戸に逃れた。住む場所を探さなければ。東京での経験から、バーにはアパート住まいの女がいるはずだ。外でバーで働いていそうな女を見かけ、尾行した。1時間後に、アパートを兼ねたホテルに到着。長期滞在客というべきか。このホテルが「神戸」の舞台だ。

 戦時中とはいえ、さすがに神戸というべきか。このホテルには日本人のほか、様々な国の人間が住んでいた。エジプト人、ロシア人、トルコタタール夫婦、台湾人、朝鮮人。そして、ドイツの水兵たちが女目当てに訪れる。昭和17年から21年までの日本にこんな空間があったのか。そこにかかわる「住民」を中心に、十話にまとめてある。

 その九話目に、「読者を娯(たの)しませるためなら、事実だけを記録しないで、大いにフィクションを用いるだろう。(中略)執筆の目的は、私という人間の阿呆さを公開する事にあるらしいのである」と書いている。ただ俳人としか知らなかったが、そもそもは歯科医で、伝統的な俳句ではなく新興俳句運動の中心人物。治安維持法で逮捕された経験もあるが(京大俳句事件)、不起訴処分となっている。のちに角川の「俳句」の編集長も務めたという。

 戦時中・戦争直後の話ながら、悲惨さや湿っぽさがなく、淡々と乾いた感じのユーモラスな文章が続く。梅雨の間のいい読書となった。「続神戸」の方は、出版社側が好評だった「神戸」の二匹目のドジョウを狙ったもので、ちょっと弱い。

 この本、新潮で文庫化される以前は、「神戸・続神戸・俳愚伝」として講談社文芸文庫で刊行されていた。過去の作品を発掘してくる講談社文芸文庫の存在は意味があると思うが、いかんせん高すぎる。こうして、安価の文庫として復活してくれるのは至極ありがたい。