晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「「他者」の起源」

 ト二・モリスンが死んだ。米国人女性で初のノーベル文学賞作家が8月5日に「短期間の闘病」の末、死亡したとの報に驚かされた。最近、本を読んだばかりなのに。ただ彼女のいい読者とは言えない。小説は「ビラヴド」「ジャズ」などを購入しているが、読み切っていない。ノーベル文学賞なるものに多少興味を持っていた時に受賞した作家の一人だった。米黒人女性となると、個人的には「カラー・パープル」のアリス・ウォーカーに一枚加わったという感じだったろうか。たいして読んでもいないくせにト二・モリスンを「重要作家」と位置付けていたせいか、朝日新聞の死亡記事の扱いの小ささには不満だった。でも、そんなものなのかな。字のサイズが大きくなったせいでもないだろうが、近年アイテム数としての記事は減っている気がしている。「惜別」とか言ったやや長文のコラムで彼女の半生がまとめられるのを待とう。

「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録 (集英社新書)

「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録 (集英社新書)

 

  読んだのは、ト二・モリスンのハーバード大での講演録である「「他者」の起源」。解説は森本あんり氏、翻訳は米黒人文学の研究者である荒このみ氏と、どちらというとこちらに引っ張られた形だ。差別対象としての黒人がテーマということもあり、自分程度の知識や認識では咀嚼できないと判断し、ブログ用には「没」という判断をしたが、亡くなったのを機会に、一番印象に残った部分を紹介しようと思った。でも読み返してみたら、自分が印象に残ったのは、荒このみ氏の訳者解説の部分だった。

 バラク・オバマは、肌の色の黒いアメリカ国籍のアメリカ人でした。ただし、一般の「アメリカの黒人」とは決定的に異なる点がありました。

 オバマの父親は黒人でしたが、アフリカ大陸に生まれ育ったケニア人でした。オバマは一般のアフリカン・アメリカンとは、決定的に違っていたのです。それこそ同じ土俵に立っていないのです。だからこそ白人社会を黒い肌のオバマを受け入れやすかったのかもしれません。

  そして、付け加えると、妻であるミシェルが黒人ゲットーの出身であることによって黒人社会にも受け入れやすかったかもしれませんと書いてある。荒氏は、アメリカの黒人とアフリカの黒人と同じ土俵に立っていないので一括りに論じることはできないとしている。でも、していました。一括りに。

 黒人それぞれにルーツがある。いわゆるカリブ海周辺の西インド諸島で奴隷になり、移民してきた黒人は米社会とは断絶があるという。黒人社会は一枚岩ではないとのことだ。

 肌が黒いだけではなく、「一滴の血」が入っているだけでも黒人とみなされる。すこしでも入れば「不純物」という意味なのだろうか。奴隷制度では、白人の農園主は黒人女性と関係を持つことによって、奴隷を増やすことが奨励されたという。奴隷の女性の子は奴隷として、奴隷貿易が批判され、奴隷が高額化してくると、自らが「種馬」になり、「財産」を増やしていったそうだ。こういった農園主たちに、産ませた子供が自分の子という認識はあったのか。それとも黒人の血が入っているということで、もはや白人である自分の子ではないと分別していたのか。ここらは本編の講義にあった、農園主が奴隷の女性と交わったことを日記のように記していたということとシンクロする部分がある。

 読みながら、ここまで突っかからなくてもと感じた部分もあるが、ト二・モリスンはまだ戦っているのだなと思った。合掌。