晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニング(最近ちょっと無理している)と気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「しらふで生きる」

 町田康氏が酒をやめていたとは知らなかったが、こうして本になっているのだから、やめているのだろう。副題には「大酒飲みの決断」とある。酒がらみのエッセイは気になるが、やめるとなると興味が薄れる。ただ、依存症から脱したという話なら関心はある。こちらは可能性が大だからだ。ただ、酒をやめる気は毛頭ない。以前のようには飲めなくなったし、翌日にあまり影響を残さないようにもしている。懐事情もそうだが受け付ける量が減った。特に週末は長距離を走りたいという気持ちが強くなっている。走りの内容にこだわるとなると、マイナス要因は減らしておきたくなる。

しらふで生きる 大酒飲みの決断

しらふで生きる 大酒飲みの決断

  • 作者:町田 康
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/11/07
  • メディア: 単行本
 

  購入した理由は、キンドルで安かったから。ポイントも残っていたので約300円で読ませてもらった。最後には、酒はやめた方がいいという方向性で収まるのだが、文章の過程はしらふながらの「酩酊感」、もしくはしらふだから、ここまで考えられるのだぜと言わんばかりの「迷走感」がある。あまり昔話(失敗談)を交えずに1冊の本を書くというのだから、正面突破なら大した量にならないだろう。それでもエンターテインメントになっている。読まされてしまった。さすがである。

 著者は30年ほど一滴も飲まない日はなかったと書いている。その後、3年は酒を飲まない生活を続けている。酒を飲まないパンクロッカーや作家でどうよって気もするが、ロックミュージシャンが健康志向になったりするのは見てきているので、そんなに違和感はない。個人的には、酒の量はどうせ自然減しているので、わざわざやめるつもりはない。なんせ酒は旨いのである。

 幼稚園でバイオレットフィズを飲み、小学校でコークハイに出会ったが、習慣化してきたのは高校あたり。「腕っぷし」よりも「酒の強さ」に男を見出していたような気がする(でも高知で女性に惨敗している)。40あたりまでは、酒の席はとことん付き合うと決めていたし、途中で帰るのはなんとなく「負け」とみなしていた。今から考えると、恥ずかしい負の歴史である。二日酔い→迎え酒→また二日酔いを繰り返していた詩人・田村隆一にあこがれていて(今でも)、酒、読書、音楽で三位一体をなし、酒というのは三角形の底辺で本と音楽を支えるものと勝手に位置付けていた。要は、いい音楽をバックに、本を読みながら酒を飲みたいと思っていただけである。この本も、多くの部分は酒を飲みながら読んだ。

 寿司や刺身は酒なしで食べる気がしない。フルマラソンなら1週間くらい平気で抜くのだが、いいタイムを出してやろう、最後まで走ってやろうという〝色気〟が勝っているにすぎない。飲酒は減量の大敵でもあるのだが、走ること自体、そもそも飲む理由づけとして始めた部分もあるので、どちらが自分の中で大きな存在であるかが分かれ目になってくる。ただ、最近は速く、しっかり走りたいという気持ちが相当強くなっているのは確かである。さて、どうなるやら。こういう逡巡が楽しくもある。