晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「アメリカ語を愛した男たち」

 読むのに時間がかかってしまった。英語がらみの本なので、英文読むのに手間取ってしまった。中古本で300円で手に入れて、ここまで楽しませていただけるのはありがたい。

 翻訳家であり、「探偵物語」(松田優作が工藤俊作を演じた方。赤川次郎原作じゃなくて)の原案者である小鷹信光さんが、米ミステリー小説に出てくる英単語や表現のルーツをたどった本である。登場する主な言葉は、ハードボイルド(hard-boiled)とタフ(tough)。どちらも探偵ものでよく出てくるという印象はあるが、実際のところ、どうなのかはわからない。イメージ先行かもしれない。

  ハードボイルドは、hard-boiled egg(固ゆで玉子)が玉子が抜けた形で落ち着いた言葉であるのは知っていたつもりだが、「テキサス無宿」を書いた谷譲次氏によると、そもそもは鼻っ柱の強いごろつきを指す言葉だそうである。この谷譲次氏、本名は長谷川海太郎といい、林不忘の名で「丹下左膳」を書き、牧逸馬の名で別のテイストの作品も手掛けていたらしい。谷譲次名義の時は紀行文が多いようだ。なかなか器用な人と見た。

 固ゆで玉子に話を戻すと、「15分間お湯に入れた」といった注釈めいた修飾語がつくこともあったようで、おとなしい男を「半熟野郎」と言ったとか。これにも「二分間茹でた」とか修飾する言葉がついたりしたらしい。「bad egg」は「食えない野郎」。「fresh egg」は「きざで生意気な野郎」だそうである。この谷さんが米国を旅していたのが、1920年代。旅人が耳にするくらいなので、「ハードボイルド」という言葉はすでに定着していたのかもしれないし、彼がそのような言葉を話す輩に紛れ込んだだけなのかもしれない。

 1886年マーク・トウェインが講演の中で、hard-boiledという言葉を使った記録があるようだ。1920年代には、「ハードボイルドの語源」についての論文も発表されていて、そこにはある種のビリヤードのプレイヤーを指す言葉だったと書いてあるとのこと。ゲームの進め方が tight で、カネに close な連中を指したというのだ。ここまで書いてくれると、なんとなくイメージが湧いてくる。馬券の買い方でも、こんなタイプの奴はいそうである。しかしこの説で落ち着いたわけではなく、hard-boiled という意味も、解釈が変わっていくのだそうだ。確かに言葉は生き物である。「ヤバい」が肯定的に使われるようになって顔をしかめていたが、自分も初めは冗談半分だったにせよ、子ども相手には肯定的な用法で使うようになるとは思わなかった。言葉はこんな感じで浸透していくのだろう。

 なので、この hard-boiled (egg)も、おおまかに「けちん坊」という意味で使われることは共通しているのだが、別の人が言うには、hard to beat が hard-boiled に転じたという説もあるそうである。確かに、これにもちょっと説得力を感じる。少しボヤっとしているが、探偵ものにつながる気がしてくるのだ。

 この本は、ダシール・ハメット、E・ヘミングウェイ、R・チャンドラーなどの作家や、彼らが使った言葉を「探検」する本だが、誰よりも「アメリカ語を愛した」のは、著者の小鷹さんだろうという気がしてくる。

 備忘録という意味で、他の言葉も取り上げてもう少し整理したいので、この項を続けます。