晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「福島で酒をつくりたい」

 浪江に住んだことがありながら、請戸で酒をつくっていたことを知ったのは東日本大震災の後だった。請戸から避難して山形を拠点に酒を造り続けている酒造店があるとの報道を耳にしたためだ。高校時代に飲酒は習慣化しつつあったが(ただしサイクルは月に1、2度という程度)、懐事情でレッドとかホワイトとかを口にしていてウイスキー派を気取れるかどうかは別として、さすがに二十歳前後に日本酒にいくことはなかった。多少は飲んだこともあるし、父親が飲んでいて家にもあったが、銘柄を気にすることもなく、TVコマーシャルで大七やら榮仙やらが宣伝されているので、酒は会津のもの、山のものという先入観も植え付けられていた。

福島で酒をつくりたい: 「磐城壽」復活の軌跡 (934) (平凡社新書)

福島で酒をつくりたい: 「磐城壽」復活の軌跡 (934) (平凡社新書)

 

  震災前に、出身が浪江ですと言ってわかる人はほぼいなかった。いわきと仙台の間あたりとの説明が必須だった。請戸となると余計わからないだろう。浪江町の太平洋側の海沿いの地域である。浪江は内陸に向かって、細長く伸びている。自分の家が役場や郵便局が近くにあったので、中心地と言えるところにあった。商売をやっていて、お客さんにも請戸の人は結構いた。夏場は自転車に乗ってよく請戸に行ったものだ。風があるので、夏でも長袖を一枚持っていけと母親に言われた記憶がある。一昨年に浪江に行った時も、ついつい請戸まで走ってしまった。トラックだけがやたらと行き来するところになってしまって愕然としたが(覚悟はしていたけど)、なんか海を見たくなったからだ。工事現場だらけでなかなか海には近づけなくて、遠目に見ただけだったが。

 その請戸に「磐城壽」をつくる鈴木酒造があった。日本酒が海の近くでつくられていたというのは驚きである。まるでスコッチの蒸留所みたいだ。漁師向けの酒で、非常に魚に合う酒だったようだ。ここからは想像だが、たぶん(いい意味で)荒い酒だったのではないか。近年、やたらと上品な酒ばかりが評価されていて、昔の二級酒のように突っかかってくるような酒の立つ瀬がなくなっていっている気がする。思い焦がれてしまうと飲みたくなってしまうが、今はないのでどうしようもない。

 鈴木酒造は山形の長井市で酒造りを始めて、すでに評価の高い酒を世に出しているそうである。請戸は硬水、長井は軟水で、米も当然違う。昔の酒とは別物だろうが、ここの酒造の哲学が反映された酒は一度飲んでみたいと思っている。横須賀の追浜に取り扱いのある酒屋があるらしいが、野毛あたりの酒場で肴とともにいただけるのが理想だ。

 この本には、金町でこの酒を扱っている居酒屋が紹介されている。ここで飲んでしまうと帰りが危ないのでなんとか品川以南の太平洋沿いで探したいものである。著者は、上野敏彦さんで共同通信の記者。社に属した記者としては著書が多すぎだが、本来そうあるべきなのかもしれない。

 一昨年に浪江に帰った時は、いわきで途中下車して、地酒「又兵衛」を購入した。これはこれでいいのだが、現在、浪江で鈴木酒造の酒が買えるらしい。3月には常磐線が復旧して、バスに乗り継ぐことなく浪江まで行けるようになる。この機にまた行ってみようかと思っているところだが、鈴木酒造の酒が大きなモチベーションになっている。