晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「円朝芝居噺 夫婦幽霊」

 三遊亭円朝と言えば、いまも創作、改作した演目がかかる三遊派の大名跡である。その昔、1週間ほど入院した時に、円生のCDで「牡丹燈籠」「真景累ヶ淵」を聞いたことがある。入院中に怪談を聞くなんてと思うかもしれないが、外科だったので、体を動かせない割には時間があったのだ。CD数枚にわたる大作を聞くいい機会となった。

 落語が好きなので、「円朝」には反応する。森まゆみさんや松井今朝子さんの本も買ってはある(それぞれ「円朝ざんまい」「円朝の女」)。今回は辻原登円朝芝居噺 夫婦幽霊」。新しい本ではない。こちらは認識はしていたものの、読むタイミングを計っていた本だ。なんか目が合ったので読んでしまった感じだ。菊地信義さんの装幀(単行本)だと、幽霊の絵が表紙から裏写りしていい雰囲気が出ている。

円朝芝居噺 夫婦幽霊 (講談社文庫)

円朝芝居噺 夫婦幽霊 (講談社文庫)

 

  さて作品だが、辻原氏の従兄弟にあたる人物の遺品から速記符号原稿が発見される。速記にも速記法がいろいろあるらしく、「文法」が違うと読めないものらしい。この速記は田鎖式の古い形らしく、人をたどって解読を進めると、題は「夫婦幽霊 三遊亭円朝」と読めるらしいのだ。円朝に「夫婦幽霊」という噺はない。未発表のものなのか。

 この本の主な部分は、5回にわたる口演速記の訳となる。端折りすぎだというそしりは逃れられまいが、ざっと書くとこんな内容である。

 十二代将軍家慶が残した財貨四千両が盗まれた。盗んだの二人組。しかしよくある話で、片方の大工が女房にそそのかされて独り占めしようする。この大工は本丸御金蔵の修復にかかわっていた。しかし大工と女房が隠し場所から千両箱を運んでいたところに安政の大地震。二人は命を落とす。実は同じように隠し場所に向かっていた、片割れで校合(今でいう校正か)の下請けで身を立てている侍・藤岡。二人の死体を捨てて独り占めしてしまう。

 大工の夫妻が消えたことに不信感を持った棟梁の菊治。そもそも盗みにこの大工が絡んでいることも見抜いていた。残された二人の子供を引き取るとともに、この二人が見つからないと与力に相談に行く。しかし、この菊治も行方不明となってしまう――。

 小説は、速記に絡むのははじめと終わりの部分で、それで、円朝のものと思われる速記(噺)を挟んだシンプルなつくり。それとなく事実を絡めて、虚実入り混じった世界に誘い込む。後半には、芥川龍之介まで絡んでくる。辻原氏の落語がらみの小説は「遊動亭円木」以来(この二つしかないかもしれないが)。引き込まれたせいかもしれないが、もうちょっと読みたかった気もした。