晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「法廷通訳人」

 甲とか乙とか混じった文章は苦手だ。新聞に載った判決文なんかもざっと読み飛ばす方だ。そこに外国語が絡む法廷通訳人。聞いただけで尊敬というか、羨望の気持ちが湧いてくる。でもこの本で、法廷通訳には特に資格もいらないとも知った。志望者は裁判所に連絡し、面談や研修などを経て、模擬裁判を経験し名簿に登録されるという。資格試験もなくて質は担保されるのかというつっこみもあるだろうが、需要(というべきか?)のある言語はかなり限られる。2016年の調べでは、中国語、ベトナム語ポルトガル語タガログ語、英語の順だそうである。この上位5言語で約75%。通訳が必要だった刑事事件で使用された言語は、中国語が3割近く、英語が6%程度だ。

法廷通訳人 (角川文庫)

法廷通訳人 (角川文庫)

  • 作者:丁 海玉
  • 発売日: 2020/05/22
  • メディア: 文庫
 

  この本は、韓国語の法廷通訳人の丁海玉(チョン・へオク)さんの回想記。この通訳制度に対する指摘があると思って購入したが、どちらというと言葉、通訳という仕事そのものに焦点を当てている。しかしながら大変な仕事である。法廷はもちろん、弁護士から依頼があれば、接見でも通訳をする。書記官と打ち合わせも必要。検察側、弁護側、裁判長、被告人の言葉を訳すので、バランスの取れた言葉の選択も大事だ。

 法廷に限らず通訳という仕事は、なぜかきちんと訳せて当たり前と思われているようである。しかしながら、文化や習慣、制度が違うと、どうしても日本語とイコールの言葉を対象の言語から探せない場合だってある。文中なら注釈をつけたりできるが、話し言葉だとそうはいかない。くどくど説明をつけ加えたりすると、伝えるべき内容よりも、その説明の印象が増してしまう場合だってあるだろう。

 筆者の場合、言語が韓国語だから、主語述語関係など日本語に近い部分があるし、植民地時代のなごりで日本語がかなり韓国語に残っている部分があるので、まだマシだ。韓国語に残っている日本語は建築関係の業界用語が多いようだ。この本では、被告人が日本語から派生した韓国語で職業を伝えているのに、発音が韓国語風で、建築業界の言葉に詳しくないために通訳本人がわからず、裁判長が先に被告人の職業を理解するというエピソードが紹介されている。

 裁判員制度導入後に通訳した経験も書かれている。裁判員に選ばれた人が通訳の言葉に印象を左右されることが考えられる。この時には別の通訳人とチームを組んで臨んだのだが、二人の間でも言葉の選択や統一などで苦しんだと書いてある。ちなみに韓国では、裁判員制度に近いのが「国民参与裁判制度」というらしいが、こちらは量刑ではなく、有罪と無罪だけを判断するらしい。陪審員制度に近いのだろうか。

 本では、「報酬は…多く準備できない」とだけ書かれてあって、それに対する不満や金額について書かれてなかったように思えるが、なかなか過酷だ。事件が起きてから呼ばれるので、「明日来てくれ」という形で急な場合があるし、報酬は30分で8000円程度で延長10分毎に1000円がプラスされるらしい。一見、時給10000円以上と思えるかもしれないが、公判の場合の下準備が多く、準備には報酬が発生しないため金額は見合わず、辞める(登録を外す)人が多いとのこと。先に書いた上位4言語で法廷通訳人になる人は、中国語をのぞくと日本語を習得した在日外国人が多いらしい。日本語の難しさを考えると、ちょっと不安にもなる。この本の筆者の場合、日本生まれの在日韓国人で日本語で詩も書くような人であるため、習った韓国語に不安を覚えるような記述が見受けられた。次は、英語の法廷通訳人の本があれば読んでみたい気がしている。