昔、米国出身の方の焼酎セミナーに参加して、酒のテイスティングで、オレンジ、カシューナッツ、バニラなど、焼酎や泡盛になじまない言葉で例えていたのに驚いた時があった。言われてみると、そんな感じがしてくるのが、我ながら流されやすさに情けない気もした。いったいどこから言葉を持ってきてるんだという不可思議な気持ちになった。
ちょっと違うが、レイモンド・チャンドラーなど、いわゆるハードボイルドの範疇に入る小説でもそのような表現は見られる。いわゆる比喩表現というものだ。むしろ、それが楽しみですらある。以前に、矢作俊彦さんの短編で引用したこともある、以下の文章は山口小夜子さんが活躍した時代を知っているせいか、射貫かれたような気持になった。比喩というのは、例えの上手さも大事だが、その背景に書き手と受け手に共有している点があるのがミソである。
エレヴェ―タから化粧の濃い娘が顔をのぞかせた。山口小夜子を気取っているのはすぐ判ったが、寒ブリがサヨリを気取ろうというようなものだった。(「キラーに口紅」)
ちなみに山口小夜子さんは、スティーリー・ダンの「彩(エイジャ)」のジャケットも飾った、世界的な日本人モデルである。映画や舞台にも進出していた。スティーリー・ダンの説明も必要かもしれないが、それは省く。
さて、小鷹信光「アメリカ語を愛した男たち」には、そのチャンドラーの比喩をまとめて紹介した項がある。出典は「大いなる眠り」。チャンドラーの処女長編である。抜き出した比喩は小鷹さん本人の訳であろう。比喩に関しては結構手厳しい。
「アーモンドの形をした濡れた黒い瞳」「クラブ・ステーキのような耳」「アイルランドの国旗のように緑色の芝生」。意図的にダサめのものを選んだのもあるが、イケてないことには同意する。原文だと韻が踏んであったり、頭韻法を使ったりと別の仕掛けがあるかもしれないが、比喩表現としては、ベタすぎる気がする。
一方で、小鷹さんが評価している比喩もあって、A few locks of dry white hair clung to his scalp, like wild flowers fighting for life on a bare rock. は、描写を書き込んでいて効果的だとしている。意味は、老人のパサパサの髪の生え際が、岩にしがみついている野草のようだとのこと。ここらは個人の好みでしょうな。しかし、チャンドラーが長編デビューして、フィリップ・マーロウを世に送り込んだのはほぼ40歳だったというから、結構遅咲きだったのね。
この本は1985年に刊行された本なので、ネタはどうしても古い。いまもこれだけのピストルの俗語が「存命」なのかどうかはわからないが、本に紹介されているのを抜き出してみる。それぞれ、別な意味もあるそうである。
barker / biscuit / business / canister / difference / equalizer / gat / hardware / heat / heater / iron
さすがに銃社会だけあって、結構ある。「密告者」「刑務所」だともっとある。こんな単語が「銃」の意味で文章に入り込んでもとは気づかない。ピンとくるかもしれないのは、せいぜい iron くらいか。この中でも既に使われない言葉もあれば、新語は新語で日々生まれてきてるんだろうなと思わせられた一冊でした。面白かった。