晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「ベーコン」

 井上荒野(あれの)さん。読んでもいないのに、避けていた作家である。たぶん井上光晴さんの娘さんだというのが理由だと思う。といいつつ、光晴作品だってきちんと読んでいるわけではない。原一男監督「全身小説家」の衝撃(もはや内容は忘却の彼方だが、揺さぶられたことだけ覚えている)で、自分とは別次元の人だと思ってしまった。もともと男女間のしがらみやもつれがテーマになっている本はあまり読まないし、私生活でもそんな面倒な経験はない。父親から、その系統かなと思っていただけである。

 書店で目に入った、タイトルが「ベーコン」。もともとフードポルノの気がある自分には刺さるタイトルだ。目次を見ると「ほうとう」「ミートパイ」「水餃子」などの食に絡めた短編が並ぶ。決定打は「煮こごり」。ふぐでも、鰻でも、穴子でも、一人前で二合は飲める(酒次第だが)。井上父娘への先入観が吹っ飛んで、即購入した。

ベーコン (集英社文庫)

ベーコン (集英社文庫)

 

  さて作品だが、思ったほどでなかったものの、やはり艶めかしい。不倫関係がワイドショーや官能小説の世界のみの話でないのはわかるのだが、最初の「ほうとう」は不倫関係の終わりを感じさせる短編。とはいえ、不倫なんて言葉は出てこないし、ご両人にうしろめたさも感じない。男の妻に子どもができたので別れ話に進みそうなのだが、どうやら修羅場にもならないようである。大人の関係というか、男にとって都合がいいというか…。でも、対等といえば対等のような気もする。男女間の機微がわからないのね、と筆者に言われそうである。

 「アイリッシュ・シチュー」では、家でシチューを作っている女性がセールスの青年と突然関係する。気持ちの動きを書くのは野暮なのだろうか。何が起きたかついていけない。「こういうことって、ほんとに起きるんだな」「合意だよね」と言って男は去っていく。太陽が眩しさを殺しの動機とする方がまだ理解できそうな気がする。

 その点、「煮こごり」は著者の父親がモデルなのかなという気がして、多少分かった気になっている。30年以上も日曜日だけ家に訪ねてきていた男が突如亡くなったことを知る。その後、男には家族がいると思っていたのに1人暮らしだったことを知る。そして、男に家に行くと「交際していた方/ご連絡ください」という札がドアノブにかかっていた——。この短編は、個人的には中でも一番好きな話だ。

 ほかに、「クリスマスのミートパイ」「大人のカツサンド」「ゆで卵のキーマカレー」「トナカイサラミ」「父の水餃子」「目玉焼き、トーストにのっけて」「ベーコン」。それぞれ、食べ物が舞台回しをした、男女間の話が書かれている。理解が及ばないところもあるが、結構面白かった。食わず嫌いは治ったかな。