晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」

 あまりこういう本は読まないのだが、知人が貸してくれたので急いで読んだ。飲んだ勢いで、定年後に翻訳で小遣いくらい稼げたらいいなと話したことがあったのかもしれない。仕事上、自分で簡単な翻訳をすることはまれにあるし、他人の翻訳をチェックすることもある。貸してくれたのは、翻訳をカネにするなんて甘くないぞという意味か。彼はまだ読んでいないと言っていたけど、タイトルをみりゃわかるか。

 著者の宮崎伸治さんは、約60冊の本を訳した翻訳家だった。過去形である。副題に「こうして私は職業的な「死」を迎えた」とあるとおり、8年ほど前に翻訳家を辞めて、現在の職業は警備員だそうである。自分より先輩だが、歳は近い。ベストセラーになった訳書もあり、年収が1千万円を超えた時期もあったとある。翻訳家で1千万円。尊敬に値すべきレベルで、まさしく一握りの存在である。いや、存在であった。

出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記
 

  大学時代には翻訳家になることを決めていた。就職も残業が少ない大学職員になり翻訳家の道を歩むべき時間を確保した。英会話講師、産業翻訳スタッフ、そして英国留学とその道に向かって進んでいく。この意志力たるや立派なものである。留学中には原書で翻訳書すべき本の候補までみつけてきている。日本に戻って後もしっかり売り込みを欠かさず、翻訳家となる。

 話が面白過ぎるので、盛っている部分もあるような気がするが、いろいろとつまずく。締め切りの先延ばし、翻訳者として名前を出さない、おカネをきちんと払わないなど、様々な目に会う。運が悪いのか、日本の編集者がこの程度なのかはわからないが、編集サイドが出してきた話や条件がどんどん変わってくる。著者は英語ができる編集者に会ったことがないようなことを書いている。自分が知っている編集者はまともなのか。翻訳書を担当して、英語ができない編集者などあまり聞いたことがない(もちろん、その能力には幅がある)。

 著者もきまじめというか、翻訳家としてのプライドが高いというか、泣き寝入りをしない(客観的に見ても著者が正しい)でしっかり闘っている。裁判をちらつかせたり、実際に法廷闘争になったり。でも、結局は疲弊していってしまうのだ。

 アマゾンで著者名で検索すると、大手ではないものの中堅どころの出版社から本が結構出てくる。作中に会社の実名はでてこないが、見る限りはよく知っている出版社のようだ。売れる本を作りたいというのはわかるのだが、だからってきちんとした説明もなしに、出版されるタイミングを遅らせたり、翻訳者名を省いたりしていいとは思わない。編集者の質ってここまで下がっているの?と思ってしまった一冊となった。