晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「ナポリのマラドーナ」

 長い間の積読だったが、マラドーナが亡くなったの機に読んでみた。心臓疾患などがあるので長生きはしないと思っていたが、こんなに早く亡くなるとは。サッカー少年だった一人として冥福を祈りたい。コロナウイルスが理由ではないと聞いているが、医療体制など間接的に影響があったかもしれない。1979年に日本で開かれたワールドユースでテレビを通して勇姿を見て以来、「伝説化」につきあってきたという自覚はある。

 さて、この本を以前アマゾンで見たときには2万円の値が付いていたが、現時点では取り扱いはないそうである(誰かその値で買ったのだろうか)。タイトルこそ「ナポリマラドーナ」だが、マラドーナに触れた部分はほぼ最初と最後だけで、副題の「イタリアにおける「南」とは何か」という題が内容にふさわしい。とはいえ、これはこれで面白かった。

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北村暁夫「ナポリマラドーナ

 話は1990年のFIFAワールドカップの準決勝にさかのぼる。前大会優勝のアルゼンチンは開催国のイタリアの当たることになった。マラドーナはイタリアの南部にある、ナポリに所属。同チームに初優勝をもたらすなどおおいに貢献。準決勝の舞台は、なんとナポリだった。イタリアのメディアは、マラドーナ人気が国を二分すると警鐘を鳴らした。

 ボスマン判決以前だが、国内のリーグの外国人選手の国と母国の試合があるのは、南米選手の流入が始まっていた当時の欧州では珍しいことではなかったであろう。母国開催のW杯の大舞台だとしても、やや「大げさ」だと思うのだが、イタリアの国内問題や当時の情勢からみると、そうでもないらしい。この両国の対戦をきっかけにそれを考えたのが、著者の北村暁夫さんである。

 イタリアの国情はそんなに詳しくないが、北村さんによるとこの国には「南部問題」があるそうなのだ。普通、格差なら「南北問題」なのだが、一見、南部だけの問題と受け止められる。たぶんイタリアでそう呼ばれているのだろう。名称からも根が深そうである。

 イタリアの南とはどこからなのか。南北と二分する場合と中部を含めて3分する場合があるそうだが、首都ローマを含まずその並びから下あたりを指すと思われる。主な都市ではナポリとかパレルモとかシチリアとか。二分した場合に、サルディーニャラツィオを含むらしい。いわゆる「文明」側の欧州に近い北と、「野蛮」であるアフリカに近い南、アーリア人の北と地中海の人々の南と、民族や風土的にも違いがあるらしい。あれだけ縦に長いのだから、想像に難くはない。そして、シチリアと言えばマフィア、ナポリはカモッラなどと犯罪結社の呼び名は異なるようだが、南の方が犯罪が多い。北にとっては南というのは警戒すべき存在だったのだろう。

 そして90年W杯の前は、東欧革命やベルリンの壁の崩壊に、当時のEC加盟など欧州再編の動きがあり、その後もチェコスロバキアが分離したり、ユーゴが紛争になるなど、国家が分離する動きも生じている。イタリアのメディアが煽ったのは、そのようなムードを感じていたからだと書いている。

 ついでにイタリアとアルゼンチンの関係がある。19世紀から20世紀前半にかけて、イタリアの移民を受け入れたのは米国の次にアルゼンチンが多かったという。日本にとってのブラジルやペルーのように、一種の親近感があるともとれる。相手となったアルゼンチンに、ナポリマラドーナがいる。警戒心が高まったのだろう。

 実際はメディアの杞憂に終わったと言っていいだろう。準決勝はPK戦を制したアルゼンチンの勝利となったが、観客は当然だが母国を応援し、決勝に進んだマラドーナはボールを持つたびにブーイングにさらされ、西ドイツが統一前の最後の優勝を飾った。

 何かを起こすと思わせるのも、マラドーナの魅力の一つだったのかもしれない。合掌。