好きな詩人と言われて、頭に浮かぶのは田村隆一さんである。鎌倉には1970年から1998年に亡くなるまで住んでいた。自分が日雇いのバイトで得た金を握りしめて、鎌倉に行き始めたのは1980年代の半ば。残念ながら本人に会ったことはないが、気張ることのない生き方と、酒との付き合い方に魅せられた一人である。その昔、角川春樹事務所から出た「スコッチと銭湯」は、この組み合わせがミスマッチだと思いつつ、田村さんの人生を言い表したようなタイトルなので、ついつい読み返してしまう。
会社近くの書店に、この本が売っていた。「ぼくの鎌倉散歩」。この詩人に関しては全集も全詩集も持っているので、買う必要はないとも思ったが、コロナ禍でずいぶん鎌倉には行けていない。大船(鎌倉市である)までは足を運ぶのだが、その先にはご無沙汰だ。田村さんに鎌倉を案内してもらうのもいいだろうと思い、購入した。出版社は「港の人」。やはり地元の出版社らしい。
当然、鎌倉にちなんだエッセイや詩が収録されている。詩人が巡るのは、材木座や鎌倉宮、星の井などなど。それぞれ年に一度二度は訪れていたところである。
材木座について書かれたところでは、本文では触れていないが、清水湯を思い出した。天井が10メートルほどもある、湯船が真ん中にある銭湯である。週に半分ほどしか開かないらしいが、自分が行った時には、大学生が留学生に銭湯体験させたいと日程を調整していた。
たらば書房にも行っていない。あそこで本を買って「たらば通信」をいただくのが、鎌倉に行った証明だったのに。寺社巡りもしたいし、食べたいものもある。鎌倉への思いがつのる一冊だった。コロナ禍での振る舞い方も多少はわかってきた。どうせ一人で行くのである。変わっていないのを確認するのが鎌倉散策だと思ったりする。贅沢な時間なのかもしれない。
最後に、田村さんらしい詩を引用したい。
どうして枯葉には
いろいろな色がついているのだろう
ゴールデン・メロンの色
きっと風によっては飲む酒がちがうのかもしれない
(「秋の黄金分割」『ぼくの鎌倉散歩』p. 110-111)