晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと」

 「ぼくの鎌倉散歩」を読んだら、やっぱり鎌倉に行きたくなった。コロナで人出が多いと嫌なので、北鎌倉から比較的大きな通りを避けて、鎌倉駅西口にある「たらば書房」で本を買うのを目標に数時間滞在。

 北鎌倉駅から円覚寺建長寺方面に向かうのはやめて、東慶寺へ。夫からの離縁状なしでは妻からは離婚できなかった時代に、ここに駆け込めば離縁できたという女人救済の寺として知られる。学者や作家の墓が多く、鈴木大拙西田幾多郎岩波茂雄和辻哲郎小林秀雄らが眠っている。前の道路は車の死亡事故(伝聞による)で交通整理で渋滞していたが、敷地内に入ると寂しいほど人がいなかった。

こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと

こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと

  • 作者:橋口幸子
  • 発売日: 2020/11/11
  • メディア: 単行本
 

  山の中を一時間半ほど歩いて向かったのが、久々のたらば書房。ちょうどいい規模のせいか、ほしい本がたくさん目に入ってきた。村田喜代子さんがアートについて書いている「偏愛ムラタ美術館」、渡辺保さんの文楽本……。近くの書店でも買えるミステリーまでがここで見ると、妙に凝った内容に見えてくるから不思議なものだ。

 平積みにされているのは、鎌倉にゆかりのある作家たちが多い。「ぼくの鎌倉散歩」の横に、「こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと」という本が並んでいた。この本はここで買うのが筋ではないか。岩波文庫1冊とともに、購入した。

 「こんこん狐」は、田村隆一さんに部屋を借りていた橋口幸子さんの回想記。橋口さんは早川書房に勤めた後、60歳までフリーの校正者をしていた。田村さんも早川書房に籍を置いていた時期があったし、翻訳書もたくさん手掛けていた。田村さんの翻訳にケチをつける者もいるが、まあ、それはそれとして。

 橋口さんが田村さんちに間借りすることになったのは1980年。雪ノ下から越してきたとのこと。それから3年半ほど暮らすことになる。引っ越してきた当時、田村さんは武蔵境に住んでいて、橋口さんが間借りし始めたときの大家は、正確に言うと、4番目の正妻である和子さんだったことになる。和子さんには恋人の詩人・北村太郎さんがいて、近くに住んでいる。そこに田村さんの帰宅宣言。もともとは田村さんの家なので、受け入れるほかない。田村さんと北村さんは幼馴染。複雑な関係だが、そこはあまり深入りしていない。ちなみに橋口さんには、和子さんや北村さんについての著書もある。

 田村さんのエッセイや作品などを読んできて、自分なりの田村隆一像ができていたのだが、この本を読んでも人柄などはイメージ通りだった。しかし壊されたと感じたのが、田村さんと酒の関係である。筆者の見立てでは、田村さんはあまり酒が好きじゃないようだ。酔いたくて飲んでいたようだと。ここは少し悲しい気持ちになったが、自分の親もそうだったので、気持ちは多少わかる。田村さんや親の世代にとっては、酒はつらさを紛らわすための道具として使われた時期が長かったのかもしれない。

 橋口さんは、田村さんを撮影に来たカメラマンに「天才と一緒に住んでいると駄目になるよ」と言われたそうで、名言だと思うのだが、本を読んでいる限りでは適度な距離感を保っているようで、そんな心配はない気がした。

 田村さんが通った「偕楽」に行ってみようと思った。「鎌倉散歩」にも出てたし、田村さんが通った時期とは代替わりしているようだが、いつかふらっとビールと単品で攻めてみようと思った。ネットで検索すると、サザンの桑田さんが来る(来た)とか書いてあるが、そんなに混んでないことを祈りつつ。