晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「東京の戦争」

 コロナ禍で「平時じゃない」という認識があるせいなのか、どうも戦争当時の生活が気になる。前に読んだ清沢冽「暗黒日記」を読んだのも頭のどこかにそんな考えがあったからと自分なりに解釈している。筆者が外交評論家だけあって「暗黒日記」が主に政治の動きが中心だったのに対して、歴史小説家である吉村昭さんが書いたのは、太平洋戦争当時の10代の多感な時期のことだ。市井の生活という点では、こちらが詳しい。

 吉村さんは東京・日暮里に住んでいた。日本の連戦連勝が報じられている中、吉村さんの兄は米軍機が飛んでいると交番に通報に行った。すると、警官は「流言蜚語を飛ばすな」と兄を説教したというのだ。その後、空襲警報がなってやっと解放されたのだという。吉村少年は、それが米軍機とはつゆにも思わず、捕らえた中国機をデモンストレーションで飛ばしていると考えたそうだ。「暗黒日記」には、外国での戦果が報じられながら、国内の空襲には迎撃に出る戦闘機がないことを嘆いていて、戦況が多少は分かっていたようだが、一般の人たちは戦争により生活に悪影響が出ても、よもや敵が本土まで攻め入ってくるとは思わなかったのだろう。

 空襲、販売枚数に制限があった列車のこと、食事、防空壕、柩が足りなくなっていた時代の納棺のことなどが書かれている。吉村さんの初めての回想記だそうだ。また「暗黒日記」に戻るが、そういえば柩を使いまわしする話が出ていた。コロナ禍で柩が足りないなんて話、外国ではあったような気がする。とにかく等身大の話なので、身につまされる。

 吉村さんが取材した人の話として、米軍の空母に船ごと体当たり使用しながらも相手の爆撃機により沈没され、なおかつ、泳いで相手空母のスクリューに巻き込まれようとして捕まった日本人捕虜の話が紹介されていた。これには衝撃を受けた。自分の体をスクリューに巻き込ませて故障させようという考えである。この人は敵のオールで頭部を殴られて失神して捕まることになる。この人の話が、新潮文庫になっているとか。今度、読んでみるつもりだ。