カフカ「変身」を読んだ。「変身」は新訳が出るたびに読んでいる。と、断言してしまったが、ウィキペディアを見るといくつか読んでいないのがあった。最初に出会ったのは高橋義孝訳。それから、中井正文訳、池内紀訳、山下肇訳、丘沢静也訳を読んでいる。短い話だからつい読んでしまうのかもしれない。今回は、角川文庫からの川島隆訳だから、中井訳の改版ということになる。これが最新の訳のはずだ。
話の筋は、多少本を読む人なら知っていると思う。主人公グレゴール・ザムザが朝目を覚ますと虫になっていた——。虫になった理由はもちろん、伏線も示されず、「不条理」な物語として話は進んでいく。
最初に読んだ高橋義孝訳は重苦しい雰囲気の、それこそ「これぞ古典」と思わせるような訳だったと思う。研究者ではないので訳の違いをしっかりとは覚えていないが、この川島訳の訳者解説では、ありがたいことにこれまでの訳の推移について簡単に触れている。この川島訳は非常にとっつきやすい。高橋訳と比べれば「軽い」と言ってもいい。この身近さが「古典」のありがたみを失わせるような気もするが、カフカ研究の進展を反映させたこの訳が若い読者をつかんでくれると思いたい。
「変身」にはもともと四通りのバージョンがあるそうだ。手書き原稿、雑誌掲載版、書籍版の初版、同じく第二版。ちなみに、第二版が出る頃はカフカ自身がスペイン風邪で倒れていたらしく、カフカによる修正ではないということで、川島訳は初版をベースにしているとのことだ。
さて、グレゴールが突如「変身」してしまった虫だが、みなさんはどのようなイメージを持っているだろうか。自分は、ゲンゴロウとゴキブリのミックスのような虫だ。背中は甲虫の類だが、肢は6本以上というイメージである。カフカはイメージを固定したくなかったらしい。冒頭の「虫」はドイツ語でUngezieferと書かれていて、これは「害虫」だそうである。しかし、日本語だと農作物や植物に害のある虫を想像してしまう。それで高橋訳では「毒虫」になったと、川島さんは想像している。多和田葉子さんは原語をそのままカタカナ書きにしたそうだ。確かにこれは大胆だ。川島さんは、「虫けら」と訳した。「けら」の部分でネガティブさを出したらしい。しかし、これだと小さい虫という気がしてしまう。僕だけかな。
定番の作品をいろんな訳で読んでみるのは結構楽しい。最初にも書いたが、「変身」はそれができるちょうどいい分量である。