晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

映画「英雄の証明」

 アスガー・ファルハディ監督の「英雄の証明」を見た。昨年、カンヌでグランプリを取った作品だ。ちなみに、カンヌ映画祭での最高賞はパルム・ドールで、2018年の是枝裕和監督作品「万引き家族」がそれにあたる。つまり、このイラン人監督の作品は、カンヌで2番手の評価を受けたことになる。ファルハディ監督は「別離」「セールスマン」でも、米アカデミー賞を受賞している。

シネマ ジャック&ベティに掲げられていたポスター

 SNSが社会を振り回すことがあるのは、もはやどこの国も一緒のようだ。主人公のラヒムは、別れた妻の兄にお金を返せなくて投獄されている。借金さえ返せれば、もしくは返済プランを相手が飲めば、すぐに釈放される。イランの法律のことはよくわからないが、刑事事件で捕まったわけじゃないので、外出許可(休暇)も与えられるようだ。

 ラヒムには恋人がいる。自分が囚人であることが後ろめたいのか、借金の相手が前妻の兄だからか、恋人の存在は公にはしていない。この恋人が金貨17枚を拾うのだ。休暇をもらったラヒムはこの恋人と落ちあって、金貨を換金して返済に充てようとするが、レートが低くて思ったほどの金額にならない。この額を元金とした返済ではやはり相手が応じない。罪悪感が生じてきた二人は、金貨の持ち主に返すことを決意する。

 これが美談とされ、ラヒムは「善意の囚人」として祭り上げられる。囚人の自殺があった刑務所は「名誉挽回」とばかりにラヒムを持ち上げようとする。当初、ラヒムは拾ったのは別の人間だと刑務所側に話していたが、「返したの君じゃないか」とばかりに聞き流していた。まだ恋人の存在を隠したいラヒムは、自分が拾ったとして取得場所などのマスコミの取材に応じる。チャリティーの団体も動き始め、借金返済のためのイベントを設ける。

 前妻との間に息子がいる。ひどい吃音でなかなか言葉が出てこない。しかし、このたどたどしさがまた周囲の感動を呼ぶ。一括返済とまではいかないものの寄付金と仕事のあっせんで、未来へ光が見えてくる状態になる。恋人の親も、娘の相手が囚人なんてとんでもない(たぶん、バツイチもマイナス要因)との姿勢だったが、美談の主と知って態度を180度変える。

 ラヒムを訴えた前妻の兄にとっては、自分がどうも悪役になっているようである。彼が返済できていない金額は大きいのである。囚人仲間の中には、刑務所に利用されているラヒムを快く思っていない者もいる。小さいウソや隠し事が、SNSに乗ってラヒムへの逆風となっていく。金貨の持ち主は現れたが、彼の姉が連絡先を聞き損なって、いざ持ち主を探す段になると見つからない。ラヒムは苦境に陥っていく——。

 日本や米国の映画なら、PCやスマホの画面に字を撃ち込まれている様子や動画をしきりにリピートしながら、SNSに振り回されているという雰囲気を演出するのではないか。ファルハディ監督はそこは抑え気味で、あくまで人の目線でSNSに左右される人々を描いているように感じた。それだけに生々しさがある。