晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「山の上ホテル物語」

 作家が、ホテルに「カンヅメ」(執筆に集中させるために閉じ込めること)にされたなんて文章を読むと、ホテル暮らしができてうらやましいと思ったものだ。実際はそんなのんきなものじゃないだろうけど。文豪がよく利用したことで知られるのが、御茶ノ水にある山の上ホテルだ。

 泊ったことはないが、ここで催された結婚披露宴に参加したことがある。同僚だった新郎が、東京駅から近いし食事がおいしいからこのホテルを選んだと話していた記憶がある。

 本書は、翻訳家でありエッセイストである常盤新平さんが、創業者の夫人や支配人、従業員などに話を聞いてまとめたのがこの本だ。旭硝子を辞めて建物を譲り受けて、ホテル経営は素人ながら開業したのが吉田俊男さん。占領軍に接収されていた時代に「Hilltop」と呼ばれていた建物を、「丘の上」からグレードアップさせて「山の上」と訳した。部屋数も少ないし、日本の旅館と西洋型のホテルのいいところを合わせた「質素と贅沢」が共存した空間を目指したという。ロビーなどの共有空間よりは客室内にこだわった。マニュアルにこだわらず、素人っぽさを悪しきものとせず、誠実さを売り物にした。

 この創業者。パワハラコンプライアンスなんて言葉が飛び交う現代からすると問題があるのかもしれないが、期待をかけている者ほど厳しく叱り、かつ注文もつけていたとのこと。とはいえ、従業員には非常に愛された人物らしい。円が弱い時代から海外研修に人を出すなど、良いホテルと悪いホテルを見極める目を育てた。とはいえ、米国は嫌いだったらしい。

 作家たちによると、接するスタッフの距離感が絶妙なのだそうだ。親しい感じだが、決して慣れ慣れしくならないところがいいらしい。部屋数が少ないので、それぞれ泊まりたい部屋が決まっているそうで、数日泊ってチェックアウトする時に次回の予約をとる作家もいたそうだ。本には、別館を建てたときの話にかなりページが割かれているのだが、その別館は数年前に明治大学に売って、以前のように本館35室のみだそうだ。

 このホテルでリモート勤務させてもらえないかな。家で働いていると、雨が降ったら洗濯物を取り込めとか、荷物が届くのでその時間はいてくれとか、それはそれで注文がうるさいので。