晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

第82回 TAMA ハーフマラソン

 コロナ禍以来、初めてレースに参加した。第82回の TAMA ハーフマラソン。大会名は「ハーフ」だが、5キロ、10キロ、秋冬シーズンには30キロ、時節に応じてフルマラソンもあるという。来月に3年ぶりとなるフルマラソンを控え、ここらで長い距離を走っておこうと思って30キロに応募した。結果から書いてしまえば、プラス要素もあったが、やや「ほろにが」というところか。

コース近くにあった、岡本太郎による「岡本かの子文学碑」@二子新地

 フルマラソンの経験はあるが、30キロ単位のレースは初めて。コロナ禍以来、個人的には最長の距離となる。自分レベルだと個人練習で20キロ以上はなかなか走れない。大会参加で逃げられない環境を作ったつもりだ。しかしながら、結果としてはレース体験記でよく読むような、ダメな方のレースになってしまった。順調に滑り出したものの後半に失速して脚が止まる、というよくあるパターンのそれである。

 キロあたり6分くらいで20キロまでをこなし、その後はコンディション次第で踏ん張るという絵を描いていた。30キロは10時10分のスタートで、いつも走っている時間よりは若干遅い。そこは不安材料のひとつだったが、食事時間を考えて、走るには十分なコンディションを整えたつもり。レース直前にゼリーを食べるかどうかは少し迷った。一緒に走る人たちは数十人で、コースには参加者でないランナーもいるし、自転車に乗った野球少年たちも多い。別レースのランナーもいた。

 コースは二子橋から丸子橋の多摩川の河川敷の平坦な片道5キロを30キロなので3往復する。キロ6分と念じていたつもりだが、レースとなると高揚感が生じるのか、自分のプランよりもやや速いスピードでスタート。最初の1キロ目から5分40秒。サブ4ペースではないか。自分が日頃走っているのは、ややアップダウンがあるコース。コースが平坦だからスピードが出るのではないか。ペースは速いものの、これが体としては普段通りと勘違いしてしまったようだ。調子のいい解釈である。

 キロ5分40秒前後のペースは17キロまで続く。18キロあたりで6分台に入ってきた。「これで普段通り、焦らない」と思っていたが、25キロでガクッとくる。脚が動かないのだ。右裏腿がピクっときたところで、来月にもフルマラソンが控える身でもあるし、ここは無理せず歩くことにした。というか、歩かざるえない状態になったのだ。

 今回のスタート時は、気温14度。お天道様が隠れるとすこし肌寒く感じる程度か。半袖に初めてアームウォーマーを使ってみたが、体が温まってきたので1往復目の10キロくらいで外した。その後、手にしびれを覚えた。レースを何度か経験しているが、手にしびれが来たのは初めてだ。検索でいろいろと調べているが、納得がいく原因には行きあたっていない。

 折り返すと次の10キロが待っているというコース。20キロ当たりで棄権した人が多かったようで、(歩いてしまったが)完走組ではほぼビリに近い状態でゴールした。実は自分も20キロでやめようと思うくらいにきつくなっていたが、折り返し地点で手を回す係りの人の動作につられて、折り返してしまった。前半の貯金でハーフの自己記録がかかっているとも思ってもいた。最後の折り返しまで行って残り5キロとなれば、棄権しようが同じ帰り道である。それなら歩いてもレースに参加した体(てい)で行こうと思った。幸い制限時間には余裕がある(30キロは3時間45分)。

 30キロを3時間19分。フルを走りぬく体力はおろか、30キロも走れないのか。コロナ禍で衰えたのか、練習が不足しているのかわからないが、長い距離を走る経験が足りないのは確かだろう。

 それでも前半の調子が良かったので、ハーフマラソンの時点では自己記録を達成した。レベルは低いが、2時間を切ろうかという数字だった。レースプラン通りにはいかなかったが、唯一ポジティブに捉えられる部分である。

 しかしながら、目標としてたのは最後まで一定のペースで走り切ることだったので、そこは重い課題として残っている。ゴール数キロ前で僕を抜いていったご夫婦や、自分より後にゴールしたものきっちりペースを守っていた年配のランナーがすごくまぶしく見えた。

 TAMA ハーフマラソンは毎月開催されている。小規模ながら数をこなしているせいか、こなれた運営のように感じた。大規模大会がレストランバーなら、このレースは老舗の立ち飲み屋という感かある。距離が小刻みに設定されているので、自分のテーマに合わせてまた参加したい。ここらにいい銭湯があるなら、なおいい。