晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

映画「誰かの花」

 日頃お世話になっているシネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画「誰かの花」を見た。30周年は去年だったはずだが、この映画館の前身の名画座が70年前の12月25日にオープンしたそうである。で、またこの映画を上映することになったとのこと。見逃していたので急遽見に行くことにした。

 静かな映画だった。節目の記念映画だからジャック&ベティを舞台にしたおめでたい調子にしようという案もあったらしい。でも内省的な映画に落ち着いたようである。監督・脚本は奥田裕介さん。小さいときに母に連れられてこの映画館に通ったというから、横浜出身なのだろう。子どもの頃からイラン映画、台湾映画を見ていたというからなかなかの強者である。

 さて、映画の話。少なくとも30は過ぎているであろう主人公・孝秋は、両親と離れて暮らしているが、ちょくちょくと実家に顔を出している。面倒がってはいるものの、やはり気にしているのだろう。父親(高橋長英)は認知症が進んでいる様子。母親(吉行和子)は年相応という感じか。孝秋役を演じるのはカトウシンスケさん。歌手の山崎まさよしさんとバナナマンの日村さんを足して割ったような雰囲気。役作りかもしれないが、鬱積がたまっているのが一目でわかる。

 そんなある日、両親が住む団地に親子3人の家族が引っ越してくる。住むのは、両親が住む階の一つ上の6階。暴風雨の日に事故が起きる。引っ越してきたばかりの父親が上から落ちてきた植木鉢が頭に当たり意識不明になり、数日後に亡くなってしまう。

 どうやら、植木鉢は孝秋の両親の部屋の横に住む男の部屋のベランダから落ちたらしい。しかし事故の日、父を心配して両親の部屋に急いで訪れた孝秋だったが、窓は開いていて父の手袋には土がついていた。横に住む男は、被害者の葬式で両手をついて土下座をし、罪の意識から立ち直れない様子だ。孝秋は父親を疑いつつも、その疑念を心の底に閉じ込めようとする……。亡くなった父親の息子さん役の演技が印象的で、ちょっとした心理スリラーように話が進んでいく。

 個人的には、記念映画がこのような映画で良かったような気がする。これまたジャック&ベティの前身ともいえる横浜日劇を舞台とした永瀬正敏主演の林海象監督による「私立探偵 濱マイク」シリーズがあったが、これはこれで見事なエンタメだったし、映画館が主役でなく映画自体が主役であるべきと考えたら、30周年にこだわることなく映画らしい映画をかけるのが筋だと思う。地味だが、これがジャック&ベティの良さだろう。

 上映後に、監督と俳優の高橋長英さんによる短いトークショーがあった。高橋さんはこの映画館でも見かけることもあるし、野毛あたりで見たこともあり、勝手に身近な俳優さんだと思っている。きちんと覚えていないが、「このような普通の生活の延長線にあるような映画が好きだ」と言ってたと思う。植木鉢に当たって死ぬなんて映画でしかあり得ない気がしつつ、あり得ないことがふと紛れ込んでくるのも日常という気もする。