晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「豆腐屋の四季」

 年末に読んだ、角田光代さんと堀江敏幸さんの対談集「私的読食録」でこの本の存在を知った。読み始めは想像以上に気が滅入る話だったが、読み進めているうちにハマってしまった。昭和という時代が少し前のように感じられた。まるで違う人生だが、自分と重ね合わせる部分があった。

豆腐屋の四季 ある青春の記録 (講談社文芸文庫)

豆腐屋の四季 ある青春の記録 (講談社文芸文庫)

  • 作者:松下 竜一
  • 発売日: 2009/10/09
  • メディア: 文庫
 

  松下竜一さんの父母は大分県中津市豆腐屋を営んでいた。姉1人と弟が4人。生後間もなく急性肺炎で危篤状態になり、高熱で右目を失明。以後、病気がちとなる。高校生の時に肺結核で休学。4年かかって高校を卒業し宅浪で大学進学を目指すが、母が急死。家業の豆腐屋は母が大黒柱だった。読書好きな長男は、家業をつくほかなかった。25歳の時に朝日新聞の朝日歌壇で短歌に出会い、作歌を始めた。

 豆腐の取引先の娘が18歳になるのを待って結婚。中学生のころに見初めたらしい。今なら「引いてしまう」人もいるかもしれないが、当時は純愛ととらえられたであろう。年の差11歳。無口な女性だった。本作を読むと、その愛の深さが伝わってくる。

 豆腐屋である現状の嘆きで始まる本だが、豆腐屋としての自覚や責任は感じ取れる。思ったようにうまく作れない。売れないで廃棄してしまう時もあれば、売れ行きを見誤ってしまう時もある。豆腐屋としての日々をテーマに朝日歌壇で入選を繰り返し、毎日新聞の大分版でもコラムを書くようになる。肩書は「豆腐屋」と書いたが、いつも「歌人」に書き換えられたという。

 とてもまっすぐな人だったようだ。書くことが好きだったのだろう。家族向けに「ふるさと通信」を発行(家族向けの手紙なのかも)。コラムで家族のことに正直に触れると、きょうだいから「恥ずかしい」「みじめだ」の反発もあった。そのことも含めて書き留めてある。社会への関心も高かったようだ。のちに豆腐屋も作歌もやめて、ノンフィクションライターに転じるのだが、デモに参加したいのにそんな時間を作れない家業を嘆く場面もあった。

 当時の新聞の力を懐かしく感じた。記事や地方版の作歌やコラムで世に出るきっかけが広がるのだ。結婚式の引き出物として、歌集を配った。内輪の結婚式だ。参席した者はそう多くない。余った分を譲ろうとして新聞に載せてもらったところ家に連絡がどんどん入ってくる。個人情報など軽んじられた、いや、そんな言葉もなかった時期だろう。それが話題を呼んで増刷する羽目になった。嬉しさととまどいが感じられた。

 そして歌壇への投稿。熱心だなあ。歌壇は比較的目を通している方だと思うが、現在投稿している方々も同じような熱量なのだろうか。ちなみに朝日は、投稿全体の中からそれぞれ選者が取り上げるので、選ばれる歌が重なる場合がある。複数の選者に選ばれた歌は☆マークで記される。☆がつくと相当に嬉しいはずである。

 この本は、短歌を軸に日々をつづったエッセイだ。短歌は生活がテーマで、技巧派というよりは直球勝負な感じがある。読んでいくと、自分のふるさとである福島の片田舎の場面が浮かんできた。しかし子どもの時はそんなに豆腐は好きじゃなかったのだ。お世話になったのは一人暮らしを始めてからである。

 自家出版だった「豆腐屋の四季」はその後講談社から公刊され、緒形拳主演でドラマ化されたそうである。たぶん、ちょっとしたブームを湧き起こしたのだろうと思う。松下さんは、取材対象に真摯に取り組むタイプだったろうと思われる。ノンフィクション作品も彼の愚直さを感じとれるはずだ。