晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心にお出かけもあり。銭湯通いにはまっています

「殺し屋、やってます。」

 ミステリー作家は他の作品とトリックが被るのが御法度と言われる。避けるためには相当量の読書が必要となる。石持浅海さんは兼業作家なので専業に比べて読書量が多くないとのこと(自己申告)。なので、独自の設定の作品が多い。人が集まった屋敷で殺人事件が起きるといったようなクローズド・サークルにもう一癖加えたような場面が設定される。そこに登場人物同士の議論(話し合い、会話も含め)で、話を「進行」させていく。この掛け合いも魅力のひとつで、話の筋を整理しながらも、かつ誘導することもある。

 このシリーズは富澤允なる殺し屋が主人公。インドアのイメージが強い石持作品だが、不特定多数の依頼を受ける殺し屋が屋内だけの「仕事」で済むはずがない。文藝春秋から出る「殺し屋」シリーズでは作風を変えたかと思ったが、やっぱり石持作品のまま。殺人のシーンが作品のハイライトではなく、殺し屋が依頼人の行動などを推理するのがメインの内容になっている。ホッとしたような、ちょっと残念なような。

 表向きではコンサルティング会社を営んでいる富澤。収入面では殺し屋稼業の方が稼ぎが多いので殺しを本業とみるべきかもしれない。依頼があったら三日以内に返事をする。引き受けると、依頼主から前金300万円が振り込まれる。入金を確認して原則2週間以内に「仕事」をする。完了すれば残金350万円が振り込まれる。合計650万円になっているのは東証一部上場企業の社員の平均年収を参考にしたらしい。事故に見せかけた殺害などはオプションとして別料金になる。富澤は依頼人を知らない。依頼人も殺人を遂行する人物を知らない。間に、依頼を受ける人間とそれを富澤に伝える役割の人間を介して面識がないようにしている。富澤は依頼の窓口になる人間も知らない。それを知るのは旧友の塚原だけだ。富澤が殺し屋と知っているのも塚原と、富澤の恋人で漫画家の岩井雪奈のみ。なぜ殺し屋になったのかはシリーズ1冊目では明らかにされない。

 「殺し屋、やってます。」は7編収録。「黒い水筒の女」と「紙おむつを買う男」は、殺人のターゲットとなっている人物の異様な行動を推理する話になっている。母らしき人間を連れて依頼に来たマザコン風男性の「同伴者」という話。ここで依頼の窓口の人間が出てくる。やり手の歯科医らしい。何度か依頼を取り消される「優柔不断な依頼人」、死体に吸血鬼が嚙んだような痕を首に残してとリクエストさせる「吸血鬼が狙っている」、同姓同名の標的がいる「標的はどっち?」、富澤自身に殺害依頼が入る「狙われた殺し屋」。よくぞまあ、こんなこと考えるなあという話ばかり。続編も読んじゃいそうだ。