晴走雨読 横鎌日記

無理しないランニングと気ままな読書について綴ります。横浜と鎌倉が中心。映画やお出かけもあり

「快楽としてのミステリー」

 少し前に「別れの挨拶」を読んだ後、「袖のボタン」「快楽としてのミステリー」(以下「ミステリー」)と続けて読み、「ミステリー」の読了後も、劇作家・山崎正和との対談「日本史を読む」を手に取り始めて、個人的な「丸谷才一ウィーク」「丸谷才一月間」となっている。ここ数年で、こんなに集中して読むのは3度目か。エッセイばかりで、「樹影譚」「横しぐれ」を昔に読んでから丸谷の小説を読んでいないのは、申し訳ないが……。

 「ミステリー」は「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」などについての対談でスタート。丸谷の対談相手は向井敏瀬戸川猛資。向井は評論家として本を読んだことがあるが、瀬戸川は、個人的に初めて。映画やミステリーの評論家とのことだ。早川書房が戦後初めて登記された出版社だの(昭和20年8月)、「ハヤカワ・ミステリ」の装丁を担当した勝呂忠さんが「これからの本は小脇にかかえて持ち歩いても恥ずかしくない本。… 内容に関係なく抽象画が最適だ」と書いていたエピソードが紹介されていて、マニアックな対談だなと思う。「ミステリ」と「ミステリー」が混在して落ち着きが悪い、という向井の注もある(別に根拠はないとのこと)。丸谷は、ハヤカワ・ミステリに注文をしつつも、このシリーズが日本人の知的好奇心やユーモアを育てる一助があったと評価している。

快楽としてのミステリー (ちくま文庫)

快楽としてのミステリー (ちくま文庫)

 

  この本で正されたものの一つに「男はタフでなければ生きていけない、やさしくなければ生きていく資格がない」がある。角川映画の「野生の証明」(高倉健薬師丸ひろ子!)のコピーと信じていたが、チャンドラー「プレイバック」から持ってきたものらしい。角川が横溝正史森村誠一の原作を元に映画を作ったのが記憶によると1970年代後半だが、清水俊二訳の「プレイバック」は1959年に刊行されているようだ。文庫化が77年頃。「野生の証明」の映画化のタイミングにあう。文庫を読んだ誰かが、あのフレーズを引っ張ってきたのかも。ちなみに、清水訳は「しっかりしていなかったら、生きられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」("If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't be even gentle, I wouldn't deserve to alive.")。チャンドラーファンはすでにご存じだろうが、あまり読んでいないので、非常に知って得した気分になった。

プレイバック (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3))
 

  初出としては随分古いものもあるが、ホームズものや、007のフレミングハイスミスなど、ミステリーでも「古典的」なものをとりあげているせいか、さほど古くは感じない。フレミングなんかは今書店に行っても、「ロシアから愛をこめて」「カジノ・ロワイヤル」くらいしか見当たらない。もうちょっと読んでおくべきだった。書評も含めて楽しませていただいたが、これを読んで、取り上げた本まで読んだ気にならないよう、気になった本は地道に読んでいきたいものである。