相馬野馬追(のまおい)は何十年もご無沙汰だが、浪江に住んでいた頃は行列を見たさに通りに出たものだった。なんせ数少ないイベントである。とはいえ、子どもの頃に見ただけなので、野馬追の成り立ちは知らないし、知り合いが馬に乗っていたとか、人出が多かったとか、馬糞がくさかったとか、そんな記憶しか残っていない。自分が上京してからも、実家が商売をやめてからも随分経つし、重ねて原発事故もあった。改めて相馬野馬追を知りたいと思って購入した。
筆者の星野博美さんは馬好きが高じて取材に至ったようだ。東日本大震災と原発事故がきっかけでより注目される存在になっている気がしている。浪江町に住んでいたので行列は何度か見ているが、雲雀ケ原まで行ったのは一度だけで(二日目)、遠目で見たせいもあるがよくわからないまま戻ってきた。たぶん、つまらないと思ったのだろう。小4から部活を始めて以降は練習や合宿と重なって、ほぼ見ていないはずだ。
平将門の時代から始まっているというからかれこれ千年の歴史がある。戊辰戦争で中村藩が政府側に破れて一度廃止されたが、1878年に再開してからでも150年近く続いている。3日間の行事で初日がお繰り出し、二日目が野馬追で一番絵になるイベントである甲冑競馬と神旗争奪戦。三日目が奉納となる。震災やコロナでも規模縮小で乗り切ってきたが、猛暑のためか昨年から7月開催を5月開催に移している。
星野さんは2021年から野馬追を取材している。震災と原発事故後には、もはや開催地に住んでいないにもかかわらず、野馬追の時に戻ってくる人たち。そもそも馬とともに避難した人もいるというから驚きだ。もはや以前のようには馬を飼えなくなっている。しかし戻ってきた人にはもちろんのこと、避難後に別な地に生活拠点を移した人たちにとっても心のよりどころになっている大切な行事なのだ。正直、野馬追についてあまりここまで考えたことはなかった。幼くて考えが及ばなかったこともあるし、単なる見物者に過ぎなかった部分が多いと見ている。
「相馬の馬文化と震災後の日常」という副題にあるとおり、現地の馬との共存と日々の生活を教えてもらった。年一度は福島県の浜通り地区に足を運んでいるが、施設にいる親に面会した後は、あえて知らない土地に泊まることが多かった。次回はあえて浪江の居酒屋にでも飛び込んでみようか。考えてみれば、未成年の時に横浜に来たので、こちらで飲んだことがない(酒は飲んではいたが)。
そして、恥ずかしながら著者の星野博美さんのことを勝手に男性だと思っていた。男女ともにありうる名前なので(周囲に「美」の入った名の男性が複数いる)、勝手にそのようにイメージしていたようだ。「世界は五反田から始まった」「コンニャク屋漂流記」などは積読のまま(だから性別も知らなかった)。作風もわかってきたのでこちらにも手をつけたい。
