晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「千年の祈り」

 ずいぶん前に買った本を突然読みだした(積読型の人間なので、よくあること)。たぶん数日前に古本屋にあったイーユン・リー「さすらう者たち」を買うかどうか迷った時に、「家にある本を読むのが先だろ」の声が頭の中に聞こえてきたからだ。ありがたいことにわかりやすい場所にあった。読了した今となっては、あの古本屋にあの長編が残っているか気になっている。

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

 

  訳者(篠森ゆりこ氏)あとがきとウィキペディアの助けを借りるが、イーユン・リー(李翔〈羊は立〉雲)は北京生まれで1996年に北京大学を卒業して渡米。アイオワ大で免疫学を学んでいたが修士取得後、作家を志す。その最初の短編集がこの「千年の祈り」だ。英語で書いたというから、すごい。中国語で書くと「自己検閲」してしまうそうである。留学するほどの英語力があるとはいえ、いきなり外国語で小説が書けるものなのか。機会があれば、オリジナルを読んでみたい。

 さて本についてだが、収録された短編10篇とも内容が濃い。特に最初の3篇の「あまりもの」「黄昏」「不滅」はショックを受けた。多少はわかっているつもりだった中国について、まだまだ「異界」なのだという再認識させられた部分もあるのだが、昔の日本にも通じるような古い結婚観、ゲイ、少数民族などを絡めると、こんなに世界が広がるのかと。それを長くない文章にきちんとまとめてくるのが、この作家の力量なのかと思った。

 「あまりもの」はおばあさんが少年に恋する話。未婚だった高齢の女性が、周りの世話もあって結婚することになる。とはいえ、相手はすでに伴侶を亡くしたより高齢の男性だ。ほぼ身の回りの世話というか介護と言えるレベルだ。当然、相手が亡くなると用済みとなり、家から追い出される。そして、行きついたのが学校(寮)の家政婦のような仕事だ。その寮の百人目の生徒としてある少年が入ってくる。少年の家は裕福のようだが、母親に代わる新しい女性が家に入ってきたため、その少年も邪魔になったようである。これは恋という感情なのだろうか、おばあさんはその少年が愛おしくなるという話である。追い出されたおばあちゃんも寮に送られた少年も「あまりもの」なのか。

 「不滅」も男性の去勢や文化大革命などの要素が詰め込まれた作品。短いながらスケールが大きい。これがデビュー短編のようである。作家が書きたいことをすべて注ぎ込んだような気がする。あまりに「濃い」ので、一度おなかいっぱいになって、読むのを一時止めてしまったくらいだ。

 京劇で女性役を演じる男性が登場する「ネブラスカの姫君」や表題作なども、なかなか心に刺さる作品。文庫化されているのは読んでみようかと思う。ここのところ、中華ミステリーなどにも興味が生じている。