晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「JR上野駅公園口」

 全米図書賞というものがこれほど影響力があるとは思わなかった。翻訳部門で受賞した、柳美里「JR上野駅公園口」(英訳:モーガン・ジャイルズ)が一時的に入手困難になり、購入までに時間がかかった。こんなに注目されるようになったのは、多和田葉子「献灯使」(訳:満谷マーガレット)からだろうか。過去にも「万葉集」や樋口一葉関連本が翻訳部門を受賞しているが、これほど話題にならなかったような気がしている。多和田さんの本が30年ほど表彰がなかった翻訳部門の再開1回目の受賞だったのが大きいのかもしれない。

JR上野駅公園口 (河出文庫)

JR上野駅公園口 (河出文庫)

 

  東北人にとって、上野は東京の玄関口。子どものころ、上野に行ったことが「東京に行った」こととイコールだった。当時食堂車があった常磐線の特急でカレーを食べて、停車する駅を数えたり通過する駅を確かめたりしながら上野に向かうのが楽しみだった。

 本作は、東京五輪の前年に出稼ぎのために上野駅に降り立った男を描いている。男の出身は相馬郡。いまは南相馬と言われている地域である(どうも南相馬市というのがなじまないのだ。自分にとっては、まだ原町市)。書かれている方言が妙に懐かしい。柳さんがあとがきで、方言について指導してくれた方に謝意を述べていたが、かなり研究したのではないか。読んでいて、田舎にいる気分になってしまった。

 柳美里作品を読んだのは「8月の果て」以来か。勝手ながら、作品も含めて、受賞後のメディアの露出などを見ると、とげとげしさがなくなり、やさしくなった気がする。

 翻訳者であるモーガン・ジャイルズさんはこの作品をどのように英訳したのかも気になるところである。方言もそうだが、仏教がらみの部分をどう「処理」しているのか。英語はつらいが、時間があったら読んでみたい。 英訳のタイトルは、「Tokyo Ueno Station」。「公園口」がないと天皇との絡みが薄れるが、やはりシンプルでベストなタイトルだと思う。

 最近、ナタリー・ポートマン川上未映子「乳と卵」の英訳本を読んでいるところを、SNSに上げていて話題になったが、日本語作品がどんどん英訳されていて、結構評価が高いのが興味深い(村上春樹さん以外は女性が多い)。日本だけでなくアジア全般なのかもしれない。全米図書賞の小説部門もここ2年はアジア系の作者が受賞している。