晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「サキの忘れ物」

 シーズン最終日を迎える国内2部リーグ22チームのファンを描いた「ディス・イズ・ザ・デイ」を積読のままに、津村記久子さんの本が文庫化されたので買ってしまった。エッセイなどは読んでいるが、津村作品を読むのは初めてだ。ちなみに「ディス・イズ~」はサッカー本大賞を受賞している。

 「サキの忘れ物」は全9編。表題作の他、様々な仕掛けの作品が収録されている。結構、器用な人なんだな、この人。先に書いてしまうけど、たぶん、くせ者である。こういう作家に出会えたのはうれしい。積読の本を買ったときに読んでいれば、もっと早く味わえたのに。この短編集も、彼女の面白さが凝縮されている(と思う)。

 思うに、表題作の「サキの忘れ物」がストライクゾーンが一番広い。高校を中退して喫茶店でバイトをしている千春。客が忘れていった短編集を読んだ。それが、英国人作家サキの作品集だった。サキというところがシブい。O・ヘンリーだとなんか教科書的なノリになってしまうが、サキだとブラックで残酷という評である(サキもどこかにあるはずだが)。これまで夢中になるものがなかった千春に、この本がある変化を及ぼすという話。

 「ペチュニアフォールを知る二十の名所」も変わった短編で、ガイドブック風である。この場所を説明しながらも落としている風に読める、ユーモラスな作品だ。「Sさんの再訪」も良かった。大学時代の友人だった佐川さんから再会を請うはがきをいただいた主人公。卒業して25年も経っており、佐川さんが誰だかよくわかっていない。日記を読んでみるが、友人の名はイニシャルで書いてあった。Sは複数いる。話は思わぬ方向に進む。ある町に住み着いたガゼルと、その警備のアルバイトについた主人公の話の「河川敷のガゼル」もいい。

 「真夜中をさまようゲームブック」は意欲作なのだろうが、ついていけなかった。読むロールプレイングゲームみたいな設定で、数段落ごとに番号が振ってあり、あてはまる人間はそれに沿って話を追う事になっている。読み手としては、参加するような形で番号を追って読むべきなのだろうが、将棋とチェス以外のゲームをしない自分は、前から順に読んでいってしまった。たぶん、これでは作家の意図をくんでいないことになるのだろう。いろいろと気になって話に入り込めなかった。しかしながら、よくこんなことを考えつくと感心してしまった。

 他に、「王国」「喫茶店の周波数」「行列」「隣のビル」。津村記久子なる作家は、カツ丼もクリームソーダも出す田舎のレストランみたいな、引き出しが多い作家だとわかった。総じて面白かった。