晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「左川ちか詩集」

 書肆侃侃房から刊行された「左川ちか全集」は気になる存在だった。左川ちかさんって、知らないし、読んだ事もない。しかし帯には、「萩原朔太郎西脇順三郎に激賞された現代詩の先駆者」とある。となると、好きなタイプの詩人のはず、とは思っていたが、知らない詩人を全集から入るのに躊躇した。そんなところに岩波文庫から彼女の「詩集」が発売される。久しぶりに岩波文庫を発売日当日に買いに行った(トニ・モリスン「暗闇に戯れて」とともに)。

 本名、川崎愛。愛を「ちか」とも読む一方で、「あい」とも呼ばれていたそうだ。北海道余市生まれ。1911年に生まれ、1936年に亡くなっている。肺炎の影響で4歳まで歩けなかった。年表によると、12歳あたりで兄の親友であった伊藤整を知る。17歳で上京。詩人との交流が広がる。英語が得意だったそうで、18歳で翻訳を発表。左川の兄は、伊藤整に妹との交際を持ちかけたが伊藤は応じず、萩原朔太郎との縁談は断ったという。30年から詩作。同じく、翻訳詩や散文も発表していく。35年に胃がんが末期症状と診断され、36年の1月に亡くなった。24歳と11カ月だった。岩波の詩集を読みきるまえに買ってしまった、島田龍編「左川ちか全集」から引っ張ってきた。

 散文や日記も読みたくなって買ってしまったのだが、岩波版には現存する詩88編のうちのほとんどが収録されていて、散文もいくつか読める。入門編としては、岩波文庫が適しているだろう。全集は2800円、文庫は720円である(税別)。

 岩波文庫版を開くと、いきなり「昆虫」という詩に出会える。1930年の作である。

昆虫が電流のやうな速度で繁殖した。

地殻の腫物をなめつくした。

 

美麗な衣装を裏返して、都会の夜は女のやうに眠った。(後略)

 上の詩を書いた左川ちかさんは二十歳前だったはず。言葉の選び方に衝撃を受けた。テーマが自然や宇宙、動物などにも及んでいて、北海道という土地がこのような感覚(センス)を育むのだろうか。最初は、宮沢賢治がよぎったり、西脇順三郎が通り過ぎたりしたが、途中からは「左川ちか」が完全に頭の中を占めてた。

 ジョイスやウルフなどの翻訳もしていたという。数編を読んだ後には、全集が読みたいという気持ちになった(で、購入)。もっと彼女(が書いたもの)を知りたい、という欲求からである。かなづかいの違いはあるが、同時代の詩と言われても通じると思う。

 別方向だが、異能の編集者・二階堂奥歯さん(1977年ー2003年)を思い出した。どちらも、もっと文を残してほしかった。