晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「文学こそ最高の教養である」後編

 では、後編。英米文学、ロシア文学とその他(日本、アフリカ、ギリシア)からだ。普段、自分は「ギリシャ」と表記するが、駒井稔「文学こそ最高の教養である」と光文社古典新訳文庫に沿って、この項では「ギリシア」にする。

 前編のフランスとドイツでは、どちらかというと作品そのものの話に重点が置かれていた気がするが、英米とロシアではぐっと作家に焦点が当てられている。英米文学では、デフォー「ロビンソン・クルーソー」を唐戸信嘉さんが、オルダス・ハクスリーすばらしい新世界」を黒原敏行さんが、メルヴィル「書記バートルビー/漂流船」を牧野有通さんが、駒井さんと対談していることになっているが、一人語りの部分が長くなって、駒井さんの存在を忘れてしまいそうになる。

 英米文学は研究が進んでいるのか、英語圏ということで情報が多いのか、話が「深掘り」で非常に面白かった。英米文学の部分は、翻訳論としてもピンとくる事もある。その意味でも興味深い。

 近年、「ロビンソン・クルーソー」の話を知らない若い人が増えているという。昔はオリジナルは読まないまでも、子ども向けの本で話の筋を知っていたが、そのような機会もないらしい。無人島に住んだクルーソーが、フライデーに出会うのはずっと後半らしい。自分が読んだ本では、フライデーと出会って話が動き出した気がしたが、オリジナルでは違うらしい。きちんと読んでいないけど、読んだ気になっているようだ。しかし百カ国で翻訳されているというのはすごい。

 「すばらしい新世界」は読んでいる。恥ずかしながら、あまり中身を意識せずに読んで(名作だそうだから、と)、こんな話かよ、と驚いた記憶がある。オーウェル「1984」と並ぶ、ディストピア小説。他の訳者は大学の先生だが、黒原さんは翻訳家で、現在のディストピア小説にまで話が及び、ブックガイドとしても面白かった。この調子で続けると話が長くなるので、少し話をはしょる。

 メルヴィルは「白鯨(モビー・ディック)」で知られているが、牧野さんによると結構難解らしい。長いから手をつけていないだけなんだけど、この「バートルビー」と「漂流船」あたりから手をつけた方がいいかもしれない。金が諸悪の根源という思想があるとのこと。実際、読んでその辺が読み取れるか、試してみたい気がする。

 ロシア文学ナボコフドストエフスキー。それぞれ「カメラ・オブスクーラ」「絶望」と「賭博者」。どちらも作家としてキャラが立ちすぎていて、作品よりも面白い。「カメラ」はロシア語で書かれている。ナボコフは英語でもフランス語でも書く人だ。自身の言語だけあって、レトリックもなかなか凝っていて、意味不明の表現もあったそうだ。翻訳者の貝澤哉さんの苦労がうかがえる。複数の言語ができるので、ナボコフは翻訳にもうるさかったそうである。

 ドストエフスキーといえば、亀山郁夫さん。光文社古典新訳文庫の好発進は、彼の「カラマーゾフの兄弟」によることが大きい。あそこでこけていれば、光文社古典新訳文庫はここまで続いていないかもしれない。彼が扱った小説は「賭博者」だが、ドストエフスキー自身がルーレット好きだったそうだ。ドイツがルーレットを禁止にして、彼は賭博をやめる事になるのだが、もしそうでなければ「カラマーゾフの兄弟」は生まれてこなかった可能性もあったらしい。ロシアの新しい作家を知らないせいか、自分にとっては、ロシア文学=古典である。

 日本代表は、蜂飼耳さんによる鴨長明方丈記」。蜂飼さんは詩人だというのは知っていて、何冊が読んでいるが、教鞭も執っているとはしらなかった。しかも解釈もしっかりしているように思えた。彼女は、他に「堤中納言物語」も訳している(メインタイトルは「虫めづる姫君」)。河出文庫も日本古典の現代語訳を出し始めた。まとめて読んでみたいが、時間があるだろうか。

 アフリカからはナイジェリアの、チヌア・アチェベ「崩れゆく絆」。こちらは積読中である。英語圏では相当読まれている小説だそうだ。粟飯腹文子さんは、まずは「フィクションとしてのさまざまな仕掛けの中にある、複雑な点に気づいて」と語っている。ナイジェリアにキリスト教が入ってきて、現地の人たちに「野蛮な信仰や慣習を捨てろ」と頭ごなしに圧迫し、伝統的な秩序を変えていくという内容だ。ギリシアの「ソクラテスの弁明」は納富信留さんの訳。プラトン関連の著作が多い人なので、どんどん新訳を出してくれればと思う。

 電子書籍の読書が続くと紙の本がなつかしくなる。kindleunlimited はありがたいのだが、少し距離を置きたい気分だ。光文社古典新訳文庫は「攻めている翻訳」が多いので面白い。なかなか岩波文庫の牙城は崩れないだろうが、健闘してほしい。

 日本は翻訳に関しては豊かな国だなと心底思う。とはいえ、経済が厳しい中、なかなか翻訳ものが刊行されづらくなっているのが心配だ。