晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「父のおともで文楽へ」

 小学館文庫の棚はあまり見ないが、桜木町駅のBook Expressでは入口すぐに新刊文庫として並んであった。著者の伊多波碧さんについては知らなかったし、過去作品を読んだことはない。コロナ禍で文楽はご無沙汰だし、逆に娘をいつか連れていきたいと思っている人間には刺さるタイトルだ。見かけた翌日に再訪して購入した。表紙に描かれている文楽公演のパンフは自分も持っている。

父のおともで文楽へ (小学館文庫)

父のおともで文楽へ (小学館文庫)

 

  主人公は、3年前に離婚したシングルマザー。離婚を機に派遣社員として働き始めた。娘は小学生。ここで簡単にまとめてしまえば、一人となった父に誘われてみることになった文楽の演目とシンクロさせながら、自らの人生を見つめなおしていくといったところか。この主人公が初めて文楽を見たのが37歳。自分は36歳くらいだったと記憶する。ここらは、境遇や男女の違いはあるとはいえ、妙に親近感を覚える(いただいた給料は、自分のために使えた時代だったが)。

 主人公・佐和子は、そこそこの大学(著者がイメージしているのは慶應か)を出て、同じ大学の法学部出身で弁護士となった相手と結婚するが、夫が米国進出の意を強くしている時期と、主人公の母の病気が重なり、二人の間に距離が生じて離婚。しかし夫は、仕事仲間の女性とすでに関係があったらしい。これは離婚後にわかることになる。

 離婚後、派遣社員として事務系の仕事はしているが、そつなくこなすタイプだが仕事への意欲が強い方ではない。娘を養っていくという気持ちが続かせているが、自分では専業主婦向きだと思っている。小学生の子どもがいるとなると、残業だってできない。子どもには将来望むことをさせてあげたい。養育費はあるが、先行きは不安である。

 そんなころに父に文楽に誘われる。文楽には荒唐無稽な部分がある。なぜ、そこでそんな誤解をするのか、そんなに早まらなくても…。オペラもそんな要素があるかもしれないが、ボタンの掛け違いが話を進めていく部分がある。主人公は、登場人物に自分を重ね合わせながら、過去のふるまいや将来を考える——。

 著者の伊多波さんについてはほぼ何も知らないが、時代小説を書く方らしい。そのせいか、掴みにくい人間や飛び道具的な展開もなく、ある意味安心して読める作品になっている。ここらはどうも主人公と著者は似ているのではと勘繰ってしまう。主人公のような境遇の人が自分の会社にもいそうである。

 ちなみに作品中に出てくる演目は、「心中天網島」(「北新地河庄の段」「天満紙屋内の段)、「日高坂入相花王」(「真那古庄司館の段」「渡し場の段」)、「伽羅先代萩」(「竹の間の段」「御殿の段」)、「新版歌祭文」(「野崎村の段」)、「仮名手本忠臣蔵」(「祇園一力茶屋の段」)。