静かな小説だった。日々の雑記と言ってもだろう。東日本大震災から4年経った、ある夫婦の一年。東北のある地方の歳時記のようでもある。鳥の声や紛れ込んでくる昆虫、植物、畳替えなどの一年を綴っている。見逃しているかもしれないが「震災」という言葉もなく、恨み言もない。4年経った後、現状をただ受け止めて、自然、仕事、自分たちの体調の良し悪しに任せて、日々を無理せずに過ごしていく。どこか豊かさを感じる。
著者の佐伯一麦(かずみ)さんは仙台市在住の作家。この作品は読売新聞の連載をまとめたものだが、主人公は作家で妻は染織家と、名前は変えているが設定は現実そのまま。作品中に、連載にここまで書いた、といったことまで書いているので、まさしく私小説だ。
失礼かもしれないが、佐伯さんの代表作と言える作品ではないかもしれない。それでも鳥の鳴き声の違いや、昆虫の特徴、無花果の甘露煮などに焦点を当てた生活・日常がうらやましく思えてきた。しかし、それは決して自分の周りにないものではない。生活の中から抽出できていないだけで、感度の問題なのだろう。佐伯一麦という作家をよく知っているわけではないが、年齢のせいなのか、同じ東北出身だからなのか、この作品は刺さった。単純に面白かった。
この本は、4月に福島県・小高の「フルハウス」で購入した。柳美里さんがやっているブックカフェである。せっかくなので、震災にゆかりがあるものを思い、佐伯さんを選んだ。そして、今回の年末の帰省時の行き帰りで読んだのだった。ちなみに、また「フルハウス」で何か補充しようと思った(佐伯作品が念頭にあった)が、残念ながらすでに年末年始の休暇に入っていたようで休みだった。
作中に登場した、グレツキ「交響曲第三番」は自分も同じCDを持っていたのだが、作中の主人公は(すなわち本人)、作曲家と同じポーランド人演奏家によるものを好んで聞いていると書いてあった。自分が持っているCDを改めて聞いた上で、それも聞いてみよう。幸い、そんなに高くない。様々な本も登場し、ブックガイドの役割もある。
個人的には、畳替えと執筆用の机を新たに作ってもらう回を興味深く読んだ。買ったのは随分前だけど、いい本に出会えて良かった。