晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「カタルーニャ語 小さな言葉 僕の人生」

 カタルーニャ語はおろかスペイン語もできないが、この地域には妙に興味がある。この地域にあるサッカーチーム、バルセロナのファンであるということが大きいが、独立投票が行われたり、フランコ独裁時代ににひどい目にあったりと、いろんな本を読むなかで存在が肥大してきた。さて、日本にいてカタルーニャについて知ろうとすると、媒介者として現れるのが、田澤耕さんだ。語学書、歴史、翻訳作品と、バルセロナカタルーニャに関しては、田澤さんのペンを通して知ることとなる。その田澤さんのカタルーニャとの関わりを書いた本である。

 一橋大を卒業した後に東京銀行に勤めた。どうやら語学の才能はある人らしい。英語は割と得意で、フランス語もイケる。マドリード支店の立ち上げ期に、スペインに語学留学し、その時にバルセロナで言葉を学んだ。語学取得の為の留学の場合、当分は会社の人間を含めあまり日本人に接しないようにするのが基本である。そこで、バルセロナではスペイン語も話されるが、別な言語も普通に話されていることに気づく。それがカタルーニャ語だったわけだ。

 カタルーニャ自治州は、フランスとの国境沿いで地中海に面している。言葉もスペイン語に近かったり、フランス語に近かったりする(だが、方言ではない)。独自の文化を有し、住民もカタルーニャ人として意識が強いという。フランコ時代には言語を封じられてきた。

 田澤さんはスペインで学問に目覚め、現地で知り合った妻が大阪外大(現・大阪大)に学士入学したので刺激を受けたのだろう、大学教員を目指すことにする。もう一つの理由として休暇が長いことを挙げている。そうして選んだのがカタルーニャ語だった。スペイン社会の中のカタルーニャ語を社会言語学の見地から研究を始めることになった。

 日本では現地の新聞を取り寄せたり、そして実際に現地に住んだりした体験が書かれている。英語やフランス語なら、歴史や言語、文化などそれぞれの分野に研究者がいるが、カタルーニャに関しては田澤さん一人。辞書や語学書、そしてサッカー関連の本まで出し、中公新書でおなじみの「物語 〇〇の歴史」のカタルーニャ版も任されるようになる。そしては、今は逆方向の仕事もこなすようになった。カタルーニャ向けに三島由紀夫森鴎外などの日本文学を翻訳している。

 どこか力が抜けているような文体で、片岡義男さんの本を読んでいるような気もした。どことなく寂しいのは、病気をされたせいか、自分の人生をまとめた風で少し遺書めいた感じがするところか。まだ70歳手前。もっともっとカタルーニャを紹介してほしいのだが。