晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「猫を棄てる」

 村上春樹さんが書いた父親についてのエッセイ。文庫化の際に購入。父親の差が、自分と村上さんの差とまで言うつもりはないが、家庭環境にも小説家・村上春樹が誕生する要因が多分にあったのだなと感じた。そして、彼の戦争観というのは、父の人生の影響が強いのでないかとも。

 タイトルがすごく印象的だ。春樹少年は、飼っていた雌猫を父と一緒に海岸に棄てに行ったが、置いてから家に戻ってくるとその猫が先に家に着いていた。猫を棄てると言ったのは父親だったが、あきらめて、また「同居」することにしたそうだ。その後に語られる筋とは直接的には関係ないようだが、父親を語る上でどこか伏線めいたエピソード。

 父は、村上千秋さん。名前に季節が入っているところにも父子のつながりを感じる。春樹さんの祖父にあたる人は寺の住職だった。父・千秋さんは京都帝国大出身の国語の教師であり、俳人でもあったとのことだ。そして中国での戦争体験。千秋さんは毎朝小さな菩薩にに向かってお経を唱えていた。

 戦争体験をほぼ語ることはなかったそうだが、書かれている吉田裕さんの著書からの引用部分が生々しい。当時は若い兵士を戦場に早く慣れされさせるために、捕虜などを殺させて度胸をつけさせていたそうである。それは度胸がつくというよりも、感覚を麻痺させると表現した方が正しい気がする。戦争になると、兵士としての「真面目さ」や「忠実さ」が、多分に相手にとっての「残酷さ」に変化する。これはウクライナとロシアでも一緒のはずだ。

 春樹さんが、このエッセイで書きたかったことのひとつは、戦争が一人の人間の生き方や精神をどう変えるかということだそうだ。ただし「メッセージ」として書きたくはなかったそうで、歴史の一部分としてそのまま提示したかったと書いている。

 台湾の高妍(ガオ・イェン)さんのイラストが新鮮。今後も注目したい。