晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「伝説の編集者 坂本一亀とその時代」

 先日、亡くなった坂本龍一さんの父が編集者だったことは知っていた。しかし、ここまでの人だったとは知らなかった。現代の日本文学史にしっかりと爪痕を残していると言えるのではないか。この評伝は、坂本龍一さんが父・一亀さんの部下だった著者に「父のことを書いて本にしてほしい」と依頼したものらしい。書店でも「追悼 坂本龍一」のコーナーにおいてあった。この本は作品社から刊行されたが、文庫は一亀さんが勤めていた河出書房新社から出ている。

 三島由紀夫仮面の告白」、野間宏「真空地帯」「青春の環」、井上光晴「地の群れ」、小田実「何でも見てやろう」などなど。入った会社が中堅どころの河出書房(その後倒産して、新社に)だった。大きな出版社は週刊誌を収入源にしているので(当時の話)、文芸誌で利益が出なくてもなんとかやれるところがある。中堅どころは、なかなか大御所に原稿を頼めない。となると、新人を発掘していくしかない。三島由紀夫が当時どのような立ち位置だったかは知らないが、野間宏小田実あたりは、坂本さん(お父さん)が発掘した人のようである。とくに野間さんの作品は長い。その間の生活費を会社が工面させて書かせていたようである。経営者からすると、たまらないだろうな。

 一亀さんは通信兵とはいえ、戦争に行った人でもある。指示の口調は軍隊調だったそうである。とはいえ、息子の龍一さんにも通じているようなシャイな一面もあるようで、勝手な想像だが、人に指示を出すとなるとそのような口調でしか話せなかったのではないか。「はじめに」には、「ファナティックであり、ロマンティストであり、そしてきわめてシャイな人であった。彼は私心のない純朴な人柄であり、野放図であったが、繊細であり、几帳面であり、潔癖であった」とある。続けると、「彼の言動は合理性にはほど遠く、矛盾があり、無駄が多いように見えたが、本質を見抜く直感の鋭く働く人であった」そうである。編集者はサラリーマンではないとよく言っていたそうで、評伝を書かれる存在ではないが、自分が社会人になった時分にはまだこのような人が残っていた気がする。著者の田邊さんも「やってられない」と思った事は一度ならずあったことをにじませている。

 他にも有名どころの作家の名前がどんどん出てくる。そもそも章が作家別となっていくらいである。その中で、この人も坂本一亀さんが発掘したのかと感心したのは、高橋和巳さん。彼は若くしてなくなったが、友人によく薦められた作家で、いつか取り組もうと思っていた。長編作品が多くて手をつけられないままにいたが(こんな本が多いのだけど)、これをきっかけに1、2冊読んでみようという気になった。坂本龍一さんをきっかけにして、読書欲をかき立てられるとは。