社会人になったあたりから漫画を読まなくなってきたが、新しい漫画について行けなくなっただけで、毛嫌いしているわけではない。漫画は好きだ。随分昔だが、月曜の朝の電車は「週刊少年ジャンプ」や「ビックコミック スピリッツ」を読む乗客で一杯だった。隙間に日経を読んでいる人がいる感じ。いい大人が人前で漫画を読んでいるなんて、とコラムを読んだような(記憶は曖昧)……。漫画雑誌の部数の低下はともかくとして、漫画そのものは多様化が進み、今も拡大路線にあるのでは。
江口寿史という漫画家がいる。世間では、イラストレーターという見方をする人も多いだろう。漫画家としては、連載となると締め切りを守れず、いわゆる原稿を「落とす」(掲載に間に合わない)ことで有名だった。楽しみに待って「ジャンプ」を開いたら、4ページくらいしか載っていない時もあった。しかも、明らかに話が途中で終わっているのだ。待ちきれない編集者が取り上げたのだろう。
近年は連載漫画を描いていない。「すすめ!!パイレーツ」ではまった自分としては、きれいな(かわいい)女性を描く江口さんよりも、ギャグ漫画の江口さんである。もちろん絵柄も好きなのだが、ストーリーが好きだったのだ。しかし、このムックのような本を読むと、ストーリーのネタに行き詰まって描けなかったとのことだ。絵を描くのは大好きで、特に女性を描くのは大好きで、イラストを描く仕事が圧倒的に増えている。いまや美術館で展示されるレベルとなっている。
何かと逸話が多い人でもある。「ぶりっこ」「爆睡」という言葉は彼が作ったとされている。お笑いの決めのフレーズのようにテレビを通じて広まったわけではないので、あまり認識はしていなかったのだが、「爆睡」という言葉は確かに江口さんの漫画が初見だった気がしている。「ぶりっこ」は山田邦子さんがテレビで連発していた記憶があり、そちらに上塗りされている。
あまりに遅筆で、編集担当者が下書きのままの原稿を取り上げて、そのまま掲載されたことがある。描けない自分をそのままネタにしたのも、数知れず。エピソードとしては面白いが、担当者はつらかったに違いない。
手塚治虫も水島信司もちばてつやも藤子不二雄(二人とも)も好きだが、同時代の漫画家となると、真っ先に江口さんが頭に浮かぶ。10代の頃は明らかな「伴走者」だった。漫画だけじゃなく、音楽の趣味にも影響を受けた。いまなら著作権的に問題があるかもしれないが、「パイレーツ」あたりにちょいネタで出てきたり、連載の扉(その回のタイトルなどが書いてある、主に最初ページ)に出てきたりしたアーティストなどの音楽を聴いたのだ。DEVOやクラフトワークあたりは江口さんが載せてくれなかったら、聴くのが数年遅れていただろう。
連載が読めないのは寂しいが、江口さんがこんな形で認められて、やっぱりうれしい。本では、鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」からの影響も語っていた。彼に負けじと、カルチャーやポップな作品を作ったと。鴨川さんも好きな漫画家だった。そう考えると、豊かな時代に生きたかもと思えてくる。