晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「一私小説書きの日乗」

 NHKの番組(再放送)を見ていて、ついポチッと押してしまった。昨年、死去した西村賢太さんの生き様を紹介した番組だった。ちょうど日記作品を紹介していて、kindleでは安価だった事から購入した。西村作品を読んだのは初めてだが、敬遠してきたわけではない。読んでみようと思った時期はあった。

 受賞時には新聞や雑誌で内容や生き様が取り上げられた事から、私小説なので、受賞作もそんな話かと内容をわかった気になっていた部分があった。亡くなったときは、彼の作品が品薄状態で手が入らなかった。出回った時には、こちらの興味が別方向に行っていた。

 昔、田中康夫さんが書いていた「ペログリ日記」を思いだした。同僚が「噂の真相」を愛読していたので、単発で読んだ事がある。しかし、方向性としては逆方向だろう。

 公開している日記なので一定程度の脚色があろうかと思う。この日記作品は亡くなるまで続いたそうで、この本が第一弾で、2011年3月から翌年の初夏ごろまで。芥川賞受賞し、これまでの作品も文庫化され続け、テレビ出演も増えていった時期だ。この本によると、前年の収入は480万円くらいだったが、芥川賞を取り、過去作品が文庫化、もしくは増刷され、受賞作は翻訳され、テレビに出はじめると、4千万円近くの収入になる見込みと書かれていた。

 しかし、生活のパターンはほぼ一緒。午前11時ごろに起きて、敬愛する高田文夫さんがパーソナリティーを務める「ラジオビバリー昼ズ」を聞き、入浴。もしくは、サウナ。ゲラなどを読んだり執筆したり、出版社で仕事の打ち合わせをしたり。深夜12時過ぎに、コンビニやオリジン弁当崎陽軒シウマイ弁当(なぜか2つ)をつまみに、焼酎や日本酒を飲んで寝る。自分の独身生活の食生活みたいだが、チーかま、さんまの缶詰など、自分の「アテ」と被っているところに苦笑させられた。自炊など調理一般は、彼が上とみた。お笑いや落語も相当好きだったようだが、稲垣潤一好きだったとは驚いた。

 西村さんは父親の犯罪で一家離散。中卒で社会に出た。プロフィールとしては、芥川賞受賞よりも「1967年生まれ。中卒」と、「中卒」を強調していたという。コンプレックスを、アイデンティティーに代えて(コンプレックスを残しつつ)、「作家はこうあるべし」というのを無理に体現していたのではないかと思える部分がある。

 編集者(彼は「編輯」と書き、「バカな」などと書き足していたらしい)を罵倒し、時には出禁になって文芸誌から干される。時間をおいて手打ちをする。酒の力のせいなのか、激高して胸ぐらをつかんだり、相手を店に呼びつけておいて無視を決め込んだり。この人にコンプライアンス云々と言ってもしょうがないんだろうなあ。

 感心するのは、歿後弟子として藤澤清造の作品の紹介や再評価に尽力したところか。西村さんがそれほど入れ込んだこの作家の作品がどんなものだったのかは、西村作品よりも気になるところである。