晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「シャガールの馬」

 虫明亜呂無さんの小説を読んだ。エッセイや評論を読んではいたのだが、小説も書いていて、1979年には直木賞候補にもなっている。「シャガールの馬」というこの短編集が対象だった。小説だけをかいているわけじゃないのか、1971年から78年までと比較的長い期間の作品を集めている。

 そして、すべてスポーツにまつわる話である。フィクションと断っているが、実際の選手が登場する話もある。マラソン、競馬、プロ野球と種目もさまざまである。

 「海の中道」は、マラソン選手とコーチの話だ。福岡国際マラソンという舞台からどこかノンフィクション的なアプローチ。沢木耕太郎さんのルポを読んでいるような錯覚を覚えた。「連翹(れんぎょう)の街」は日韓代表のサッカーの試合をソウルの競技場で見る男女の話。韓国が強敵だったいう時代が懐かしい。男性(日本人)と女性(韓国人)の会話の中に、当時の国の事情がしみ込んでいて興味深い。釜本邦茂車範根の名前もある。

 「黄色いシャツを着た男」は広島東洋カープからクビを言い渡された投手の話。これも実在の選手や監督が出てくる。フィクションと断ってはいるが、ライターとしての取材が反映されているとみるべきだろう。「タンギーの蝶」は巨人ー阪神戦を見る男女の話で、少し「連翹の街」に似ているだろうか。野球を見ながら、男が海外赴任を切り出す。昭和のテレビドラマを思い出した。

 「アイヴィーの城」はテニス、「ふりむけば砂漠」は陸上の100メートル、そして表題作「シャガールの馬」はご想像の通り競馬である。昔の女が人生をやり直すために「有馬記念」で主人公に大金を託すラストシーンが印象的である。短編のベースにあるのは、虫明さんのスポーツ競技への深い知識と愛情だ。ディテールと人生を掛け合わせた話が多い。

 最後は、「ペケレットの夏」。1964年東京五輪でボート競技(エイト)のチームを託された男の話で、エイトがかくも繊細な競技なのかというのを思い知った。漕ぎ手のパワーはもちろん、チームとしてのリズム、浮力や形状などボートの些細な部分も結果に関係してくる。小説では監督がボートをデザインしていた。相当な知力を要する競技のようだ。

 今、こんな形でスポーツで物語を書ける人間はいるのだろうか。スポーツというのは物語以上に現実がドラマチックだったりもするので、小説の題材としては扱いが難しい気がする。当時はどのような評価を受けたのだろうか。