晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「ハンチバック」

 芥川賞受賞で話題になった市川沙央さんの「ハンチバック」を読んだ。確かに衝撃作。でも、目を背けることができない非常に現実的な話。著者自身に筋疾患があり、人工呼吸器と電動車椅子と一緒の姿をメディアで見てきたからなのだろうけど、作品の軽妙さが逆に重みにのしかかってくる。えらいものを読んでしまったな、というのが率直な感想である。

 「ハンチバック」(hunchback)とは「せむし」の意。有名なミュージカル作品が「ノートルダムの鐘」と名前が変わっているとおり、いまや日本語ではあまりお目にかかれない言葉だ。背中が湾曲している自身(物語の主人公)を表しているのだろう。

 井沢釈華(しゃか)は背骨は右肺を押しつぶすような形で湾曲している。両親が残してくれたグループホームの十畳が彼女の生きる場所だ。そこで、大学の通信課程に通い、エロティックなこたつ記事を書いている。彼女の夢は、「妊娠と中絶がしてみたい」。

 このような体では出産に耐えられない。育児も無理だろう。でもたぶん妊娠と中絶までならできる。SNSには「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」とつぶやく。それをホームのヘルパーである田中に見られてしまう――。

 当事者ならでは書き得ない部分はあるだろうが、当事者だからと書き込みすぎて逆に通じづらくなる部分もある。ライトノベルを書いてきているのでその辺はずいぶんと習熟しているように思える。強烈な展開が続きながらもしっかり線になっているというか、書き手としての積み重ねがあるように思える。

 小説から離れるが、市川さんが読書バリアフリーを訴えている。文部科学省のサイトによると、視覚障害者、発達障害、肢体不自由などの障害がある人の読書環境の整えることらしい。電子書籍のみならず、点字や拡大図書、オーディオブックなども入るのだろう。ちなみに私も電子書籍で読んだ。読書バリアフリーについては知らなかった。

 市川さんによると、この小説には二人の〝父〟がいるのだという。一人は市川さんのバリアフリーの懇願をスルーした出版界で、もう一人が彼女のライトノベルを落とし続けたライトノベル業界だそうで、この「二人」に対する怒りでこの小説を書いたそうだ(受賞スピーチより)。

 小説家としての技巧、当事者、怒りが詰まったこの小説。一番大きな部分は怒りなのではと思った。