晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心にお出かけもあり。銭湯通いにはまっています

「空芯手帳」

 本関連の記事か書評あたりでこの小説の存在を知った。約3カ月前くらいまでは、八木詠美さんの存在も知らなかった(ちなみに名前は「えみ」と読む)。何かの記事で、デビュー作が海外各国ですでに翻訳されたり、翻訳が進行中の小説があるとのことを知った。 「空芯手帳」?  知らなかった。すでに文庫化されているじゃない。ほお、太宰治賞を受賞しているのか。こういう感度が鈍くなっているなあ。

 昭和では当たり前、平成でも前半にはまだ残っていたような、女性従業員の雑務。コピーを取ったり、来客時にコーヒーをだしたり、給湯室を整理したりと、それぞれがやればいいことを女性がやることになっていた時代があった(まだ過去形で言い切れないかも)。「女性に淹れてもらった方が美味しい」なんて理屈になっていないせりふも実際よく聞いた。この小説の話は、もう少し最近の話と思える。

 商談スペースにコーヒーを出した主人公。客が帰って数時間経つが、まだカップが片付いていない。主人公には、打ち合わせに参加した者が片付けてもいいのではという気持ちが働く。上司は、主人公に片付けるようにそれとなく促してくる。最初は好奇心で「放置」していた柴田さんだったが、コーヒーにたばこの吸い殻が入っているのをみて、「コーヒーのにおい、すごくつわりにくるんです」と急遽「妊娠した」ことにしてしまった。

 昔なら、誰が父親かさぐる者もいただろうが、今は個人情報保護のご時世である。周囲は急に腫れ物を扱うような態度になる。体調を心配する人、子どもの性別を知りたがる人はいる。聞き方にもよるだろうが、ここらへんまでは「セーフ」なのか。主人公は、妊婦の経過をネットで調べ、おなかに詰め物をしたりして、「妊婦生活」に入っていく。

 「偽妊婦」がばれないように、出産日に向けてバタバタと細工に追われる様を面白く描いた小説だと予想したが、いい意味でそんな安易な予想は裏切られた。これまた安易な表現だが、日本版「82年生まれ、キム・ジヨン」か。同じちくま文庫でもあるし。書いた本人はそれほどフェミニズムを意識してないかもしれないが。でも、意識させられる内容ではある。

 タイトルの「空芯手帳」。空芯とは主人公がt勤めている紙管会社と、「子どもが入ってない妊娠状態」をかけているのかどうかわからないが、なかなか意味深な題に思えた。八木さんは昨年「休館日の彼女たち」という二作目を出している。デビュー作からして面白かったので、こちらもぜひ読んでみたい。ちなみに英語版は「Diary of a Void」というタイトルだ。