晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心にお出かけもあり。銭湯通いにはまっています

「翼 李箱作品集」

 光文社古典新訳文庫から李箱(イ・サン)の作品集が刊行された。同文庫から韓国文学で出るのは初めて。近年、フェミニズムものを中心に韓国文学が多くの出版社から刊行されているが、やっと「大物が文庫になった」という感じだ。

 韓国では、彼の名を冠した文学賞がある。そして、大賞と優秀賞をまとめた本が出るのが通例だ。自分も、李箱の小説をまとめて読むのは初めてで、これまでは岩波文庫(「朝鮮短編小説選(下)」)に収録された短編(これも「翼」)を読んだ程度。受賞作(大賞と優秀賞)をまとめた本をつくるためなのか、主催の出版社への3年間の著作権譲渡を条件とするので、拒否する作家もいるとのことだ(受賞を事前通告することになる)。まあ、これは文学賞と主催する出版社の話であって、彼は関係ない。

 名前からして、変わった作家だとは思っていた。もちろんペンネームだ(本名は、金海卿〈キム・ヘギョン〉)。「箱」という名前だし、李箱(イ・サン)は韓国語の「異常」「理想」とも同じ読みである。自分も「異常」とかけたものと理解していたが、訳者・斎藤真理子さんの解説によると日本人に「李(イ)さん」と呼ばれていた説もあるそうである。1910年ー37年の短い人生。ソウルで生まれ、東京で死んでいる。代表作である「翼」は36年の作である。

 この本の「翼」には冒頭二重線で囲まれた部分がある。雑誌掲載時にはすでにそのような体裁だったらしい。過去の翻訳時にはこの二重線部分が飛ばされたことがあったそうだ。妻と主人公が部屋を区切って住み分けている。主人公の男は寝てばかり。妻はどんな仕事をしているのか、いつも主人公に小遣いを与えている。主人公はやがて外に出て行き、いずれ妻の「仕事」を知ることになる。植民地時代に時代に対応している者とできない者とのメタファーなのか、どうかはもっと評論を読んでみないとわからない。

 個人的には、太宰治つげ義春が読みながら頭に浮かんできた。文章は、横山利一とか芥川龍之介の作品との類似が指摘されているとのことだ。この本には、彼が日本語で書いた文章も収録されている。個人的には、?が多い作家だが、原文に触れてみたりして、もう少し知りたいと思っている。