晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心にお出かけもあり。銭湯通いにはまっています

「本づくりで世の中を転がす」

 副題に「反ヘイト出版社の闘い方」とある。著者の木瀬貴吉さんは、出版社「ころから」の代表。未読だが、加藤直樹「九月、東京の路上で」という関東大震災朝鮮人虐殺についての本を刊行した出版社とは知っていた。結構話題になっていたし、書店でも目立つところに置いてあった。

 ここの出版物とは縁がなかったと思いきや、石橋毅史「本屋がアジアをつなぐ」は読んでいるし、「若者から若者への手紙1945←2015」という戦争当時の若者が現代の若者へ戦争体験を伝えて、現代の若者がそれに手紙で応じるという企画本も読んだ。それに今原書で読んでいる、チャン・ガンミョン「韓国が嫌いで」(映画のタイトルは、「ケナは韓国が嫌いで」)の翻訳本も、この出版社で出ている。まったく無縁というわけではなさそうだ。

 簡単にまとめると、この小規模出版社の「姿勢」と「戦略」と言ったところだろうか。スモール&タフをモットーに生き抜いてきた10年超の記録だ。マイノリティを標的にするヘイトを止めるのはマジョリティの責任としている(そのようにマイノリティの人から言われたことがあった)。なぜなら、マイノリティがマジョリティに抗うとさらなる攻撃を招くだけだからだ。上記の他、水俣病慰安婦、多様性に関する本などを刊行してきた。

 木瀬さんはNGOピースボートに長く勤め、地方紙記者を経て、2008年から出版業界に関わって、仲間と出版社を立ち上げたのが2013年。以降、約80冊の本を世に送り出してきた。扱っているテーマに賛同はしつつも、いわば硬い本でよくぞここまで生き残ってきたと感心するくらいだ。ずっと黒字だったわけではないと思うが。

 本の真ん中あたりをすぎると、小規模出版社としてどのように生き抜いてきたが書いてある。いわば取次会社を通さない「直取引」(ちょくとりひき)については別の本でも読んだことがあるが、池田晶子「14歳からの哲学」というヒット作をだしたトランスビューという出版社のやり方を紹介している。詳しいところは省くが、出版社がやや損する形でも書店の取り分を増やしていこうという試みだ。このほか、出版業界ではいまだにファクスが有効な手段だというのには驚いた。

 資金繰りの話が生々しい。批評家の若松英輔さんがこんなことを言ったと書いてある。「銀行には日傘はありますが、雨傘はありません」。雨傘は「困った時」の例えで、銀行は助けるための金は貸さないが、利益につながるのなら金を貸すということだ。若松さんには会社経営の経験があるとのこと。木瀬さんは借り入れはしているが、利子をしっかり払っていれば、それは銀行を儲けさせていて、借金があろうがそれで会社が回れば「ウィン=ウィン」だと書く。音楽関連の本を刊行しているアルテス・パブリッシングの共同代表である鈴木茂さんの「借金したくなければ、社長なんてやらなくていいのに」は至言かもしれない。

 終わりの方では、「書店=言論のアリーナ」と主張する丸善ジュンク堂書店福嶋聡さんへ反論している。「言論のアリーナ」論は、ヘイト本であろうが、本のある場所として多様な考え方が守られるべきだというところにある。もちろん福嶋さん自身はヘイト本に反対する立場である。とはいえ、大規模書店に勤務する立場ではある本を取り扱わないということはできないかもしれない。木瀬さんは、福嶋さんの立場を理解しつつもあえて、ヘイト本があるところは「安全地帯」ではないとしている。とはいえ、この本の帯には福嶋さんの推薦の言葉が書いてある。互いの立場をよく分かっているのだろう。