明らかに狙われている。狙われてるって誰に? 何に?
中公文庫にである。奴らは明らかに高齢の読書好きを狙っている。井伏鱒二、水木しげる、阿川弘之、里見弴、石垣りんなどなど。ここ数カ月の中公文庫から出た作家たちだ。松田青子、町田その子といった近年活躍中の作家たちもいるが、明らかに読書歴の長い層を狙っているのだ。良い作家を抱えてた時代の名残なのだろうと思う。今回、狙われて買わされてしまったのは、中央公論新社編「午後三時にビールを」である。編集者を含む、26人のエッセーが収録されている。
いわゆる酒と酒場にまつわるアンソロジーなのだが、全体的に面白かったかと聞かれれば、否と答える。酒好きではあるのだが、酒の武勇伝めいた話には飽き飽きしている。誰それが酒に強い、もしくは弱い。暴れ出すとか、長居するとか。前時代的に感じてしまうのだ。
しかし、中盤あたりから、ただの雑文から(読者を意識した?)エッセーの体をなしてきて、読み物としてスキッと気持ちいい文章も出てきた。池波正太郎や安西水丸といったあたりはどこかで出会っている気がするが、やっぱり面白かった。個人的には、向田邦子のエッセーが出色と思った。大げさだが、それしか頭に残っていない。
「『ままや』繁昌記」という題で、向田さんが、手頃の店がないから自分でやる事にしたという話だ。すでに五反田で喫茶店を営んでいる妹さんを巻き込む時のせりふがいい。
「素人の泥棒は安全度を目安にするけれど、プロの泥棒は危険度で計るっていうわよ」
こんな挑発で乗ってくる妹さんも妹さんだが、彼女が日本料理店に修行に出る。その間に、赤坂に物件が出た。予算オーバーながら、向田さんのマンションを抵当に勝負に出る事にした。工事をお願いするときのお願いもいい。
火、水、煙(空気)の基礎工事に関しては、予算を惜しまないで下さい。その代り、内装はケチって、その分センスでカバーして下さい。
社長は妹さん。向田さんは黒幕兼気が向いた時のパートとのこと。開店初日に客がまったく来ないと思ったら、「準備中」の札がかかったままだったとの失敗談も面白い。
最後の最後のオチも効いていて、さすが向田さんだなと感心した次第。吉田健一、倉橋由美子の話はちょっとした奇譚のようにも読めた。