晴走雨読 横鎌日記

気ままな読書と無理しないランニングについて綴ります。横浜と鎌倉を中心に映画やお出かけもあり。ここのところ、行動範囲が限られています

「植草甚一スタイル」

 昔、随分と昔だが、J・Jと呼ばれたコラムニスト/エッセイストがいた。近年まではそんな名前の女性月刊誌があったし、最近ではジャスミン茶割りの焼酎の名称になっている。野球選手やミュージシャンでも「ジェイジェイ」はいるらしい。簡潔だし響きもいい。

 社会人になってから30代あたりまで、それとなくあこがれていたのがJ・Jの愛称で知られる植草甚一さんだ。映画中毒者を意味する「シネマディクト」に、甚一のJを足した「シネマディクトJ」との愛称から、上記のように縮められて呼ばれるようになったとか。1979年に亡くなっているので同時代に読んではいないが、80年代後半あたりから90年代あたりにはまだ植草さんの本は普通に書店で売っていた。独特のファッションやコラージュ、イラストはとても真似できないけど、映画を見る、ジャズを聴く、本を読むあたりは、量的には比較にならないし趣味も違うけれども(時代も)、遠目に追いかけていた。彼のように売文業で食べていければいいなとの漠然としたあこがれがあった。好きなことだけやって食べていった人との印象が強かったのだ。

 書籍化されたものはかなり読んできた。タイトルがいちいち刺さるものが多い。「ぼくは散歩と雑学がすき」「いつも夢中になったり飽きてしまったり」「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」(いずれもちくま文庫)。他にも「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」「古本とジャズ」など。「スクラップブック」シリーズは老後のためにとっておいたのだが、活字が小さくて読むのがつらくなってきた。目は悪くなる一方だから、そろそろ手を付けないと。

 この本は、平凡社「太陽」の植草さん特集をベースに、同「コロナ・ブックス」(平凡社のビジュアルブック・シリーズ」でまとめたもの。彼の独特のファッションと風貌、コラージュとイラストといった植草さんの作品を一覧するのに便利な本となっている。

 植草さんと親交?があった、片岡義男さん、川本三郎さん、池内紀さん、田中小実昌さん、高平哲郎さんが文を寄せている(どうやら「太陽」掲載時の転載)。十数年前の購入時に一度読んでいるはずなのに、川本三郎さんのコラムにはっとさせられた。散歩好きは本のタイトルにもなっている植草さんだが、

……地誌にも、町の変遷にも興味がない。町の裏通りや路地にも関心がない。ただ自分の好きなものが買えればそれでいい。その意味で、植草甚一の町歩きは、子供っぽいものでなかったかと思う。(中略)自分の好きな世界が早いうちに決まってしまって、そのあとずっとそこから動かなかったという限定性が子どもっぽい。

 と書いている。植草さんの「散歩」には常に「目的」があったのでは、というのが川本さんの見立て。主に買い物で、ニューヨークでは同じ古本屋に11日間連続で30冊ほど購入したという逸話もある。川本さんは、本のタイトルにもあるように、天気がいいから散歩に行ったとか、コーヒーを飲みながら洋雑誌を読んでいたら面白い記事に巡りあったとか、プロセスを書いてから本題に入るパターンが、70年代には新鮮だったと書き加えている。散歩好きというよりは、散歩のように過程を見せる文章が「散歩の文体」なのだと。現在のブログの先取りをしていたように思えるから不思議である。

 古本屋通いは中学生の頃から、ジャズは1956年からなので48歳の時。どおりで、ジャズに関してはこちらの守備範囲に近い。もちろん自分が生まれる前だが、ジャズを聴き始めた人はこのあたりからカバーする。古本屋歩きでは、最初に入った店で売れ残りを1冊買うのが植草流だそうな(北吉洋一さんの文から)。

「売れない本を買ってやると、本自身はよほど有難いとみえ、あたかも犬のように、道先案内をしてくれるのである(後略)。」

 ほんまかいな、って感じだが、この本を読んだ(ながめた)のが、猛暑下の読書のいいとっかかりになりそうな気がしている。こんな人生を送りたかったなと思いつつ、キリがないのでこのへんで終わる。